井原西鶴の筆による「西鶴諸国咄ー姿の飛乗物」1685年刊

諸国の奇談・怪談の伝聞を取材したノンフィクション。問題の「姿の飛乗物」は二巻の一に掲載されている。その原文は次の通り。寛永二年、冬のはじめに、津の国、池田の里の東、呉服の宮山、きぬ掛け松の下に、新しき女乗物、誰かは捨置きける。柴刈童子の見つけて、町の人に語れば、大勢集まりて、戸ざしを明けて見るに、都めきたる女良の、甘二三なるが、美人といふは是なるべし。黒髪をみだして、すゑを金の、ひらもと結をかけ、肌着はしろく、菊梧の地無の小袖をかさね、帯は小鶴の唐織に、練の薄物を被き、前に時代蒔絵の、硯箱の蓋に、秋の野をうつせしが、此中に御所落雁、煎榧さまざまの菓子つみて、剃刀かたし見へける。御かたは何国、いかなる事にて、かくお独はましますぞ。子細を御物語あるべし。古里へおくり帰して、参らすべしと、いろいろ尋ねけれども、言葉の返しもなし。只さしうつむきて、まします。目つきもおそろしくて、我先にと家にかえりぬ。今宵はそのまま置きなば、狼が浮目を見すべし。里におろして、一夜は番をして、朝は御代官へ、御断り.を申しべきと、また山に登れば、彼乗物は、一里南の、瀬川といふ宿の砂浜に行ぬ。既に日も暮て、松の風すさまじく、往来の人も絶て、所の馬かた四五人、此女良をしのび行てうき世の事どもを語りつくして、情といへど、取あへずましませば、荒男の無理に、手をさしてなやめる時左右へ蛇のかしらを出し、男どもに喰付で、身をいためる事、大かたならず。何れも眼くらみ、気をうしなひ、命を不思議にのがれ、其年中は難病にあへり。または松の尾の神前にも見へ、つぎの日は、丹波の山ちかく行、片時も定めがたし。後にはうつくしき禿に替り、または八十歳の翁となり、或はかほふたつになし、目鼻のない姥とも成、見る人毎に、同じ形にはあらず。是に恐れて、夜に人里の通ひもなく、世のさまたげとなりぬ。此事しらぬ旅人、夜道を行に、おもひよらぬ、乗物の棒、肩をはなれず、奇異の思ひをなしける。されどもすこしも、重からずして、壱町斗もすぐると、俄に草臥出て、たやすく足も立ず、難儀にあへる、陸縄手の、飛乗物と申伝へしは、是なり。慶安年中迄は、ありしが、いつとはなく絶て、橋本狐川のわたりに、見なれぬ玉火の出しと、里人の語りし。

以上が原文、次に訳文を載せる。

寛永二年(1625年)の冬の初め現在の大阪府池田市、呉服神社の宮山にある絹かけ松の下に真新しい、女の乗った乗り物が出現した。柴を刈る童子が見つけて町の人に話したので大勢の人が集まって扉を開けて見ると、あか抜けした22,23歳の美人としか言いようのない女が乗っていた。女は乱れた髪の端を金色の紙で縛り、白い肌着の上に菊梧の無地の小袖を重ねて着て唐草模様の金襴の帯を締め、頭に絹のベールをかぶっていた。目の前には蓋に秋の野の絵を描いた時代蒔絵の硯箱が置いてあり、中には御所落雁、煎榧などいろいろな菓子が詰めてあったが、そのほか剃刀も一丁見えた。「あなたはどこの人です?どうしてこのように一人でいるのですか?事情を話して下さい。故郷へ送り返して差し上げましょう」などといろいろ尋ねたけれども何の返事もない。ただうつむいているだけだ。その女の目つきも恐ろしいので野次馬は我先にと家に帰ってしまった。今晩あのままにしておくと狼が害を与えるから里におろして翌朝代官に報告しようと、ある男がまた山に登ってみるとその乗り物は4キロメートル南の瀬川という宿場の砂浜へ移動していた。すでに日も暮れて風がものすごく、人通りも絶えたころにこの宿場の馬子が四、五人、この女のところへ忍んでいった。色話をし尽くして「いいじゃねえか」などと言っても知らん顔をしているので、怒った荒くれ男が襲い掛かると女は左右に蛇の顔を出して食いつき、男たちをひどい目にあわせた。彼らは皆、眼がくらみ失神したが、不思議に命だけは助かった。しかし、その年中は難病に悩まされた。その後、この乗り物は芥川(大阪府高槻市)にあったとも言われた。また、松尾神社(京都市右京区)にも姿を現し、次の日は丹波の山の付近に行くなど片時も同じ場所にいない。また、その女はのちに美しい幼女や八十歳の老人に変わり、あるいは顔が二つであったり目鼻のない姥となるなど現れるごとに違っていた。これを恐れて夜になると人通りがなくなり、世の中の妨げとなった。このことを知らない旅人が夜道を行くと、知らないうちに乗り物から出た棒が肩について離れなくて驚く。しかし、少しも重くないのでそのまま百メートルも歩くと急に疲れが出て立つこともできなくなる。”ひどい目にあう陸縄手(京都府山崎から久我に至る街道)の飛乗物”と伝わっているのはこのことである。この乗り物、慶安年中(1657年)まではあちこちに出没したが、いつの間にか現れなくなり、橋本狐川(京都府)のあたりに見なれない火の玉が出たという話を里人がしていた。(篠田弘史)

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先代旧事本紀大成経

江戸時代初期、徳川第4代将軍・家綱の治世のころ、神道会において大事件が起きた。「伊勢内宮に祀られている神は、実は天照大神ではない」古文書はそう主張していた。志摩国一宮、伊雑宮の神庫から出た秘伝の書物といわれる「先代旧事本紀大成経」。その内容は全部で72巻。これに「序」と「序伝」がつくという大著であり、現在の学識経験者でさえ容易には理解が及ばない程、高度なものとなっている。撰修者は、聖徳太子。推古天皇の御代、神国である我が国で神の道が廃れつつあることを憂慮した太子は、天皇に、今こそ神代からの歴史や祖先から伝わる神祇道徳をつまびらかにし、これを後世に遺すべきであると進言、天皇もこれを認め、編集事業を開始した。そして、蘇我馬子に命じ、天皇家に伝わる「内録」と呼ばれる秘録と、吾道、物部、忌部、卜部、出雲、三輪の六家に秘伝として保管されてきた記録を集めさせた。各家が秘匿していた文書は神代文字で書かれていたが、これに太子が漢字を当てはめる形で撰修した。つまり、神代からの日本の成り立ちと、先祖伝来のすべての叡智が収録されているのが「先代旧事本紀大成経」ということになる。一方、「先代旧事本紀」と呼ばれる書物は、平安時代のころから知られており、「古事記」や「日本書紀」よりも重要視されることもあった。しかし、江戸時代に入ってから突如として世に現れた「先代旧事本紀大成経」は、それまでの「旧事本紀」とは趣が違っていた。また、大成経が世に現れるのに先立つこと20年前に、伊雑宮は、「真に天照大神を祀る神社こそ伊雑宮であって、伊勢の内宮と外宮は、その後に出来たものである」とする主張を展開し、幕府から厳しい処分を受けていた。その伊雑宮の主張を、大成経.は、まさに裏づけていたのである。しかも、当時一流の学者たちの中から、これを熱烈に支持する者が現れた。伊勢神宮側としては当然これを捨て置くわけにはいかない。天皇家の宗廟たる伊勢神宮の権威が揺らげば朝廷の権威も揺らぐ。ひいては、幕府の権威.まで脅かしかねない。「大成経」は、発刊からわずか2年で発禁処分を受けるに至った。依頼、大成経は作為に満ちた天下の悪書、奇書というレッテルが貼られたまま、表向きには公の場から葬り去られた。しかしその後も同書は根強い支持者の間でひそかに読み継がれ、垂加神道を開いたことで有名な山崎闇斎や、幼き吉田松陰も学んだ山鹿流兵学の山鹿素行にも影響を与えたと言われる。しかし、明治期以降、アカデミズムでこの書をまともに取り上げる者はいなくなった。現在においても、本編を一度読んでみたいと思ったところで、ほとんど原書を手に入れることは不可能に近い。だが、今、「大成経」は再び脚光を浴びつつある。いったいそこに何が書かれてあったのか。なぜ幕府が「慌てて」弾圧しなければならなかったのか。そこには、世人には知られたくない「真実」が書かれてあったからではないのか。ここで、72巻からなる「先代旧事本紀大成経」を概観する。「神代本紀」から「聖皇本紀」までは、天地創造のはじまりから推古天皇の御代に至るまでの事績が記されており、「正部」ともよばれる。それ以降は「続部」とも呼ばれる。「大成経」には、神代からの神話、歴代天皇の伝承のみならず、神社縁起や神道要諦のほか、暦学、易学、医道、歌道、兵法等、当時としては最高峰の叡智の集大成が盛り込まれている。思想的には神儒仏一致論だが、陰陽五行や道教思想も取り入れられ、景教の影響もうけているという人もいる。このような内容の書を聖徳太子その人が著したという。「憲法本記」は、太子の制定した「十七条五憲法」のことが記された巻で、総論と通蒙・政家・神職・儒士・釈氏の5つからなる。現代日本を形作る上での指針ともなるべき内容をも含んでいるのがこの「本紀」である。「詠歌本紀」は、太子の命によって秦河勝が各地から優れた和歌の数々を集めて書き写したもので、280首あまりの歌が収録されている。なお、国家「君が代」の典拠はこの「本紀」だとする説もある。「医療本紀」は、「真の医道とは何か」について.詳しく書かれた書。また、「未然本紀」は聖徳太子が予見した未来の事象について書き記したもので、向こう1000年にわたって起こるであろう出来事が、100年単位に分ける形で記されている。(中矢伸一著、序章)

 

 

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ナチスUFOとフィラデルフィア実験とTR-3B

ドイツにおけるナチス帝国の誕生に、謎の(ヴリル協会)が大きく関わっている。古代の英知の復権を活動の軸とするヴリル協会には、ヒトラー、ヒムラ―など名を連ねていた。オカルティストとしてのヒムラ―が最も関心を持っていたのが、意思と意思をつなぐ交信(チャネリング)である。その交信域は宇宙空間、異次元、そして過去や未来と無限大だという。そして、このチャネリングを実践していたのが、もう一つの謎に満ちた秘密結社(ブラック・サン協会)の美女霊媒師だった。同協会はss(ナチス親衛隊)出身者によって構成された秘密結社で、ヴリルおよびトゥーレなどの協会とも深くかかわり、活動拠点を南極大陸や南アメリカに置いていたという。ブラック・サン協会という名称は、おうし座の一等星アルデバランに由来する。地球から約66光年の距離にあるアルデバランは二重星で二つの太陽から成るが、ブラック・サンは、その一つで、地球からは不可視の恒星をさすという。同協会はヴリル協会を主導した経験をもつマリア・オルシックを筆頭に、5人の美女霊媒師を擁していた。いずれも金髪碧眼の典型的なアーリア人だった。なお、オルシックは強力なテレパシー能力を備えていた。1919年12月アルデバラン星人との交信が試みられた。テレパシーを駆使したチャネリングは成功し、内容は自動書記によって文書化された。文書の内容は(ヴリル・エンジン)と呼ばれる反重力エンジンについて説いたものだった。さらに、同エンジンには時間を変える作用もあるとも記され、図示されたヴリル・エンジンの一部も掲載されていた。アルデバラン星系には1015個の惑星があるとされるが、オルシックらの交信の標的は(スメラン)と呼ばれる惑星に絞られていた。十数億年にもわたって発展を続けた同帝国で駆使されていたのが(ヴリル)だったという。ヴリルとは、ごく簡単に表現するなら「物質の破壊から再生まですべてを可能にする万能の力」だ。ヴリル・パワーの光は無限のエネルギー源となりえる。さらには、この力を手に入れた者にはテレパシーや予知といった能力が宿り、長寿と強靭な肉体が得られるという。アルデバラン星人には2タイプあった。金髪碧眼のアーリア人種と気象異変で遺伝子が劣化した亜人種というべき種だ。5億年以上前、アルデバランは膨張しつつ、強烈な熱線を放射しはじめた。そのため、劣化した種族は他の星系へと非難させられた。一方、アーリア人種も母星から脱出し、太陽系にやってきた。最初に火星と木星の間、現在の小惑星帯の軌道上にあったとされる惑星バエトンに植民。後に彼らは火星に植民し、最終的に地球に降り立ったのだ。地球に降臨したアルデバラン星人スメランは、シュメール文明を築いた。シュメール語はアルデバラン星人の言語であり、ドイツ語にも通じているという。さらに、彼女らはヴリル協会幹部に、自分たちがスメランの末裔であることを打ち明けている。さて、チャネリングによって得られたアルデバラン星人のテクノロジーは、ナチスの科学力を飛躍的に進歩させた。そして、その過程で円盤型航空機の開発が始まったのである。空飛ぶ円盤の開発は決して都市伝説の類ではない。厳然たる事実である。なぜなら、それを裏付けるFBIの文書が存在しているからだ。

19789月、アメリカにおける「情報公開法」のもとに、これまで極秘であった資料が公開された。その中で、円盤型機について書かれている。テスト飛行で、その機体は2万メートル上空を時速1700キロの猛スピードで飛行したとある。それは「Vー7」と呼ばれていた。ナチスの空飛ぶ円盤開発は、ヒトラー政権が誕生した1933年、ミュンヘン工科大学のWO・シューマン博士らによる円盤型航空機「RFZ1」から始まった。このプロジェクトは、後に親衛隊技術部門の「E-V部隊」へと移管され、「RFZ—5」まで開発され、以後コードネームが「ハウニヴー」となった。そして、1942年の冬には「ヴリル」というコードネームの円盤型機が開発された。最終的には「ヴリル7」まで開発された。ナチスは1944年、最高責任者に任命されたハンス・カムラ―の指揮で、秘密の地下基地でハウ二ブーⅡ(アダムスキー型と同型)に次ぐ最終秘密兵器の極秘開発を行っていた。それが核弾頭を搭載した「ナチスベル、別名ディグロッケ」だった。動力源はアルデバラン文明の叡智である反重力エネルギーシステム、いわゆるヴリルエンジンだった。ところが、連合軍によるドイツ本土への爆撃が激しさを増し、敗色濃厚となった19454月カムラ―はヒトラーの命令で、科学者を含む秘密兵器開発計画の関係者60名余りを銃殺、地下基地も破壊して、そこに従事していた囚人もろとも闇に葬ったという。その後、カムラ―は自殺ないし消息を絶ったとされるが、実は空飛ぶ円盤の開発研究資料を奪って、アメリカに亡命していた。第二次世界大戦でナチス・ドイツは崩壊した。アメリカはナチスが残した数千人もの科学者を「ペーパークリップ作戦」と称して本土に上陸させた。その結果、彼らの科学技術力を得たアメリカは宇宙開発や軍事力を飛躍的に向上させ、世界を牛耳る超大国になったのである。1947年、アメリカ軍基地周辺で空飛ぶ円盤の目撃が多発している。これは当然、アメリカ軍で開発されていたことに間違いないだろう。

すべてはここから始まった。フィラデルフィア実験(レンボープロジェクト)とは、1943年に行われた海軍の秘密実験で、駆逐艦エルドリッジを使ったアンシュタインの統一場理論を実践、レーダー不可視化実験の事で、船体を透明化すると言う前代未聞の極秘実験だ。天才物理学者ニコラ・テスラやアルバート・アンシュタイン、フォン・ノイマンなど蒼々たるメンバーが参加。プリンストン大学がその中心だった。それから77年経つ現在、すでに極秘のスーパー兵器やブラックマンタと称するTR-3Bアストラなど過去のものになりつつある。そのほか、時空を制するもの、など想像を絶するものが、開発されている。実際、イラク戦争に使われたりした。このフィラデルフィア実験は、まさにプラズマ関連の基礎となっている。UFOの飛行原理の解明にも、つながるものだった。

全長91.8メートルの駆逐艦エルドリッジ上で、ニコラ・テスラは独自のテスラコイル(発電機と変圧器を組み合わせた特殊コイル)を開発し、レーダー不可視実験を繰り返していたが、実験最中に恐ろしい事故が発生し、テスラは責任を持てないとして総指揮から降りてしまった。代わりに原爆開発の「マンハッタン計画」にも参加したフォン・ノイマン博士が、その後継者になった。ノイマンは船体の3ヵ所に巨大な高電圧発生装置を据え付け、実験を再開した。すると高電圧装置から凄まじい電磁波が発生し、精神がおかしくなる者や、自律神経が麻痺する者が続出する結果となった。そこでノイマンは高電圧発生装置を2ヵ所に減らし、再度、実験をはじめた。スイッチが入った瞬間、駆逐艦エルドリッジは異様な振動に見まわれた。数分後、エルドリッジは不気味な光に包まれると、波止場で見守る人々の眼前から姿を消してしまったのだ。エルドリッジと連絡など、取れるわけも無く、ただ時間だけが過ぎて行った。そして15分後、エルドリッジは、再びフィラデルフィアに姿を現した。

現れた駆逐艦エルドリッジの艦内は、まさに地獄そのものであった。乗組員は、行方不明になった者、気が狂った者、全身が真っ黒な灰と化した者。最も異様だったのは、艦船の各所から、人間の体の1部が突き出たり、生えているように見えた事である。人体と金属とが完全に融合しており、甲板にのめり込んで同化している者などあふれかえっていたのだ。駆逐艦エルドリッジは、姿を消したのではなく、1,600マイルも離れた、ノ-フォ-ク沖まで、テレポーテイションしていたのである。異常な実験結果が出たが、再度、後日エルドリッジを陸に引き上げ、陸上実験を試みた。その結果、送信機と2基の高電圧発生装置そのものが消失してしまった。そのためこの実験は中断された。

このフィラデルフィア実験は、極秘に戦後も続けられた。ニューヨーク州ロングアイランドのモントークにあるキャンプ・ヒーロー空軍基地で引き継がれた。これが「モントーク・プロジェクト」だ。このモントーク・プロジェクトも、フォン・ノイマン博士を中心として行われた。当初、ステルス技術の開発のため、駆逐艦への強力な電磁波照射で確かに駆逐艦の姿が消失しプラズマに包まれた船体が時空移動する現象が生じた。亜空間と言う概念が生まれ、電磁波で作ったトンネルで時間と空間を超えると言うもので、生じる現象のほとんどが人間の想念と密接な関係がある事がわかったらしい。そこで当時の最高の技術や理論、機器を使用して組み上げた装置に、異星人のオーバーテクノロジーを使用した装置を追加してとんでもない装置を作ったらしい。その設備に軍が選別した超能力者、ダンカンキャメロンの脳幹を接続し実験を開始した。ダンカンの思念が周りのアンテナ、送信機、コイルなどにより現実化するという構造で、最終的にはタイムトンネルを開く事にも成功したという。タイムトンネルには超能力の素質のある10歳から16歳ぐらいの少年、通称”モントークボーイ”が被験者として抜擢され、宇宙服を着せられて投入されたらしい。彼らのほとんどは帰還する事は無かったが、一部連絡の取れた者もおり、その連絡の内容は火星の地下にある廃墟と化した都市にいるという内容だった。その都市には「黄金の馬の像」があり、それに刻まれた碑文の解明に努力を費やしたりしたと言う。又火星にはピラミッドがあり、その地下には広大な都市があり、そこには太陽系外からのエネルギー体の侵入を排除する「太陽系防衛システム」が作動しているとの事だった。だが、どういう訳かこのシステムのスイッチが、1943年に切られたそうだ。そのせいで、それ以降、地球への異星人の飛来が増大したと言う。実は、このスイッチを切ったのはモントークプロジェクトの首脳であり、1943年の火星にタイムワープし、システムの動作を止めたと言う。そして、その指示をしたのが異星人だと主張する人もいると言う。ダンカンキャメロンはこのモントークボーイ達の中での唯一の奇跡的生存者だと言われている。モントークプロジェクトは1983年終焉している。1983年のモントーク基地と1943年の駆逐艦エルドリッジとの間にタイムトンネルがつながってしまい、互いの送信機が同調してしまった。そんな最中、ダンカンの思考が怪物を生み出し、基地内を歩き回ってしまった。技術者達はシステムを止めようとしたが、止まらず、送信機につながる電線をすべて断ち切るしかなかった。この事件以来、基地内の機器はすべて狂ってしまい、その後、基地は閉鎖されたと言う。ところが、1992年又、再開の兆しを見せているという。

TR-3Bのコードネームはアストラで、最初の偵察飛行を行ったのは90年代初めだ。原子力を動力源とするこの三角形の航空宇宙プラットホームは、極秘のオーロラ計画とSDI計画および闇予算のもとに開発された。1994年までには、少なくともその生産に30億ドルを費やし、複数のTR-3Bが空を飛んでいた。80年代半ばにすでに利用可能だったテクノロジーで製造されている。TR-3Bはタウンゼント・ブラウンが開発した電気重力システムに加えて特殊な反重力効果を利用している。「磁場ディスラプター」と呼び、リング型の加速装置内部で高エネルギーのプラズマを回転させる。内部がプラズマでみたされた「磁場ディスラプター」と呼ばれるリング状の加速装置が、回転可能な乗務員の周りを取り囲んでいるが、この装置は想像できるいかなるテクノロジーをもはるかに超えている。サンディアとリバーモアにある研究所は、逆行分析(墜落UFOなど)した磁場ディスラプター、テクノロジーを開発した。このテクノロジーを守るためなら政府はどんなことでもするだろう。水銀をベースにしたこのプラズマは、絶対温度150度、圧力25万気圧のもと、毎分5万回転まで加速させて超電導プラズマを発生させ、重力作用を妨害する。「磁場ディスラプター」は磁気渦場を生み出し、それは質量への重力作用約89%を妨害し無効にする。反重力とは違う。これによりTR-3Bは驚くほど軽くなり、優れた性能と機動性を発揮する。高度を維持するのにさほど推力を必要としないし、無音のまま空中停止できる。また人を死に至らしめる急加速、急停止などでも、慣性を大幅に減らせるらしい。TR-3Bは1990年代はじめに使われだし、1994までに3機が任務についていた。コーリーグッドがいうには、TR-3Bは、現在、完全に旧式のテクノロジーと考えられていて「秘密地球政府」とそのシンジケートの「エリート」たちに「お下がり」として、よくプレゼントされているらしい。もっと新しいテクノロジーが、たくさんあるらしい。皆がぶっ飛ぶようなテクノロジーがあるとの事。

2021年2月、ペンタゴンは海軍が持っているUFO特許を開示した。すでに昨年、トランプ大統領のとき、議会の承認を得ている。中国もアメリカを凌駕する、エイリアンの先進技術を、開発中という情報があり、国家安全上の危機の恐れがあるためだ。中国に先手を打つ狙いがある。

アメリカ海軍、特許

1.TR-3Bの技術特許 

2.フルボディテレポーテーションシステム

 超空間に伝わるパルス動波を使用して、ある場所から別の場所に超空間を会して人間をテレポートするシステム。

3.ウォーターエナジージェネライター

 磁気渦ワームホールジェネレーターとウォーターインジェクター、真空チェンバーを使用して電気を生成し、水分子の水素原子を電子対に崩壊   させる低密度のハイパースペースエネルギーを生成する水エネルギージェネライター。これは水分子の水素原子のワームホールを通る遷移を使用して、原子の結合を切断し、陽子をエネルギーのために収集できる光子および電子に変換するエネルギー発生器。

4.リモートビューイングアンプリファー

 人間の精神的な目を部分空間の四面体形状に接続することによって、遠隔透視を実行する能力を高める装置。

5.ウォーキングスルーヲールズ

  人が木製のドアーなどの個体の物体を通り抜けることができるように、人が体を次元から引き離すのに十分な超空間エネルギーを獲得することを可能にする訓練システム。

つ狙いがある。Dsc02297

ハウ二ヴ機

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アンドロメダ・デバイス

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TR-3B

ムー、ありえない世界(Dr.マイケル・E・サラ高島康司)より抜粋

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秘密宇宙計画とマリア・オルシック

2015年9月に出版されたI.R.S.S.P&E.A.の英語版によると、3人の証言者による驚くべき証言を明らかにした。彼らはいずれもアメリカ海軍の極秘部門が直接関与する秘密宇宙計画SSPにかかわていたと述べている。そしていずれも火星の秘密基地を実際に訪れ、惑星間を飛行できる反重力宇宙船で移動し、ときに自らそれを操縦したとも証言した。しかも彼らは、自分たちが任じられた秘密宇宙計画に程度の違いはあれ異星人たちが関わっていたとも語っている。そして3人とも、各々の20年間の任務機関の後に最初の出発時点に戻されて記憶を消されたという似たような経験を詳細に語った。3人の中でも主要な証言者であるコーリー・グッドはさらに、現在も5っの秘密宇宙計画が進行中であり、その1部は高度なテクノロジー(時空を越えての移動など)を用いて星間移動を行うなど。彼は任務期間中(1987~2007年)にスマート・グラスパット(CPUHOST)にアクセスすることができ、その時点の作戦や秘密宇宙計画の歴史に関する機密情報を読むことができたとも語る。グッドによると、最初の秘密宇宙計画はナチスが権力を握る以前のドイツで空飛ぶ円盤の試作品が設計・製造されてはじまった。ナチスは権力掌握後の1930年代末、2つの異なる秘密宇宙計画に国家予算を支出し、科学面の支援も行った。計画の一つは民間の秘密結社によるもので、もう一つはナチス親衛隊(ss)によるものだった。しかし空飛ぶ円盤の高度なテクノロジーを戦争に利用しようとする試みは失敗に終わった。グッドによると、秘密結社とナチスは第二次世界大戦終結前にその最先端のテクノロジーを南極大陸と南アメリカに移した。そして南極にあるナチス基地の場所を突き止めて制圧あるいは破壊しようとしたアメリカ海軍の(ハイジャンプ)作戦は失敗に終わった。ナチス基地の防衛にあたっていた反重力宇宙船がアメリカ海軍に手ひどい反撃をくわえたのだ。その後、アメリカ海軍は自身の秘密宇宙計画(ソーラーウオーデン)の開発に多額の資金をつぎ込むことになる。ここにコーリーグッドについての情報がある。彼は6才のとき、地球外生命体とのコミュニケーション能力があると認定され、アメリカ軍に拉致されて軍事特別アクセスプログラムに参加した。その後、SSPの重要な一員となるべく「ミリタリーアブダクション」という組織によって拉致され1976年から1989年に新たに就航した宇宙艦隊で働く目的で秘密裏に訓練されたという。また1986年、ソーラーウオーデンという太陽系を侵入者から守る警備の一員として参加するなど、20年にわたり宇宙艦隊で複数のSSPプロジェクトの任務に就いたが、その間に月の裏側に存在する月運営司令部でも働いていたという。コーリーグッドの証言には、具体的な証拠がないと指摘されていたが、元海軍出身のウイリアム・トンプキンスの登場で事態が一変した。彼は、グッドが暴露したミリタリーアブダクションや月運営司令部の存在、そしてソーラー・ウオーデンについて、すべて、真実だとしたうえで、SSPの原点がアメリカ海軍にあると証言したのである。SSPの生き証人ともいえる彼の話によれば、ドイツ、ヴリル協会のリーダーだったマリア・オルシック(正体は異星人、ノルディック)が、ペーパークリップ作戦でフォン・ブラウンやほかの科学者たちとアメリカに渡り、ダグラス航空機会社で、宇宙戦艦の設計をしたという。さらに、トンプキンスがダグラス航空機で設計に携わっていたころ、アポロ計画の技術部隊の秘書だったというジェシカが、マリア・オルシックに酷似していたという。そしてジェシカの協力のもと、海軍SSPによって組織された宇宙艦隊専用の超ド級クルーザーが完成したという。

 次にウイリアム・トンプキンスのインタビューから抜粋、W:ウイリアム・トンプキンス K:ケリー・キャシディ

「1942年に遡ってお話するのが一番良いと思います。私は何らかの理由で海軍にリクルートされ、海軍のSSPで仕事をするようになります。非常に複雑な契約が海軍とドラコ・レプティリアンの間で交わされていました。ドラコ・レプティリアンは、ドイツSSを援助していました。これより、ずっと前からドイツにはとても美しい女性が一人いて、彼女はノルディックスからコンタクトを受けていました。そして、その情報を元に、ドイツ軍は宇宙船の建設を進め、いずれ家族や友人達を全員乗せて、他の星に去る計画がありました。」
K :「その女性とはマリア・オルシックですね?
W :「その通りです。」
W: 「彼女は1920年から30年くらいから既にコンタクトをしていました。ノルディックスの援助を受けて、4万から5万人を乗せる事の出来る宇宙船を建設して この星を去る計画です。」
W: 「私達海軍は、1941年から42年くらいに、ドイツに何度も足を運び、ドラコ・レプティリアンとドイツ、そしてノルディックスも関与しているこの秘密計画について調査をしに行きました。」
K :「ちょっと待って下さい。1942年というとまだ戦争が終わっていないですよね?」
W : 「そうです。まだ戦争中です。」  「マリア・オルシックはノルディックス(宇宙人)からの支持で組織を結成します。そこには、靴作りの職人から農家の人々、科学者、トップクラスの技術師など様々な分野の人たちがおり、全員で1443名の組織でした。彼は、あらゆる方法でお金を集め、ある施設を作り巨大な宇宙船の建設を始めていました。彼らは、軍とは全く関係のない組織でした。」
しかし、この事をドイツのSSが知り、すぐに乗っ取ろうとしました。でも数ヶ月後にヒットラーが彼らは彼らでやらせよう。我々は、ドラコ・レプティリアンと同じ計画を進めれば良い。彼らは、彼らで進めさせ、乗っ取りはいつでも出来る。と言って、マリア・オルシックのグループをまた解放します。」
「ドラコ・レプティリアンは、南極の氷の中の巨大洞窟を2個所有しています。そこが宇宙船建設の施設になっています。この地球の中にはもの凄い数の洞窟が存在し、色々なET種族がその洞窟を使ってきています。何千年もの間にです。」
「そして、1942年に我々米国海軍がドイツに行き、その調査に乗り出します。」

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マリアオルシック
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下、ジェシカ

ヴリル協会には、5人の、いずれも透けるような白い肌をもったきわめつけの美女たちがいた。金髪碧眼の典型的なアーリア人だ。表向きはヴリル協会の広告塔だったが、実はヴリルと呼ばれる「叡智」を導入した中心人物だった。とりわけ、マリア・オルシックとシグルンは強い霊能力を持っており、霊的世界とのコンタクトにより、神秘的な情報を多く有していた。マリア・オルシックの交友関係は政財界から学会、裏社会にまでまたがり、その存在自体が異様であった。例えば、英国スピリチュアル協会との交流があげられる。同協会はすべての国籍、人種、セクト、宗教、そして異なる意見を持つメンバーを擁していた。マリアらによるアルデバラン星人とのコンタクトは、基本的にはテレパシーを使った意識と意思の交信(チャネリング)だった。そのメッセージの内容は驚くべきものだった。文書には反重力によって駆動するヴリルエンジンが図解されていた。その図解は著名な物理学者ビクトール・シャウベルガーに検討され、そのデザインが物理学的な面でエンジンとして機能する可能性があることが彼のサイン入りで保証されていた。「これは地球外文明からの贈り物です」マリアが告げた。集まった人々は、それを信じ、反重力エンジン開発のための資金を産業界から調達することを約束した。こうしてマリアは、ヴリル・エンジンの開発という大規模プロジェクトを推進する基盤の構築に成功した。マリアによれば、地球の古代シュメール語はもともとアルデバラン星人の言語であり、その音は「不可解なドイツ語」のようだという。そしてドイツ語、シュメール語、アルデバラン語は波長が同じだという。ヴリル協会の報告書によれば、第1回目の”次元間”飛行実験は1944年の冬に行われたという。この実験によって、ヴリル・エンジンは一種のスターゲイト装置としても確立された。だが、次元をまたいで帰ってきたヴリル・エンジンは、表面に激しい損傷をうけ、何百年もの間、飛行し続けていたような外見を示していたのである。アルデバランへの飛行を実現させる前段階で、解決すべき問題は山積みとなったが、それも1つ1つ解決していった。そんな中、シグルンは、ブランデンブルクの実験施設でヴリル7型機の新たな機体の設計・組み立てに深く関わった。そして完成後、パイロットとして機体に搭乗していた。このとき、すでにシグルンたちのアルデバラン飛行計画が密かに進められていた。そして、マリアはシグルンら他の霊媒師とともにアルデバラン星へ旅立ったが、一人、ひそかに帰還していた。しばらくベルリンの地下施設に身を隠していたのだが連合軍に発見され、アメリカに連行されて空飛ぶ円盤開発に協力させられたというのだ。空飛ぶ円盤の開発がひと段落した後もマリアはアメリカの極秘計画に数カ月ほど強力していた。だがその後にライトパターソン基地に移送されたところまでしかわかっていない。この問題に関心を持ったひとりの女性がいる。当時、アメリカ大統領候補だったヒラリークリントンだった。マリア・オルシックはクロアチア人の父とウイーン出身の母との間に1895年10月31日に生まれた。アポロが月着陸したのが1969年7月、アポロ計画に参加していたジェシカ(マリア・オルシック)の年齢は74歳となる。写真ではどうみても50過ぎにも見えない。ヴリルには若返りの力、長寿があるというが。南極についてだが、ヒトラーは大戦が始まる前にヴリル協会の宇宙計画を南極とアルゼンチンへ移す命令を下していた。このシナリオは、ヒトラーが大戦前に軍に対して南極での複数のミッションを認めていたことを示す文書と符合する。ナチスドイツは南極探検にかなりの財源をあてており、1938年から1939年にかけての南極の夏の最初の遠征ですでに駐留をはじめていた。そして地下基地を作ったという。一方、ヒムラ―のssは、そうはうまくいかなかった。空飛ぶ円盤の兵器化は間に合わなかったが、連合軍が進軍まえに、2隻のUボートで資料など持ち出しに成功したという。南極でのマリア・オルシック(ヴリル協会)はヒムラ―のSSからの独立を維持しただけでなく、南極基地の指導的地位にあったという。ナチスの敗北の結果、カムラ―の空飛ぶ円盤兵器化計画のうち生き残ったものと、ヴリル協会の実用段階の秘密宇宙計画(大戦中もその存在を知られず無傷で残った)が合体したのだ。そして、「円盤型宇宙船」を保有し、地球を回り、さらに月の秘密基地にも行くこともできた。大戦直後にたびたび目撃された空飛ぶ円盤は、ナチスの宇宙船だった。

指導者であり霊媒でもあるマリア・オルシック、ジークルン、トラウチの究極の目的は、手段は何であれ地球から64光年離れた牡牛座のアルデバラン星系に到達することだった。ヴリル協会とナチスssの空飛ぶ円盤のために開発された反重力原理は電気重力および高周波回転プラズマを基礎においている。これは大気中を極超音速で飛べる電気重力推進力を生み出した。水銀をベースにしたプラズマの回転を利用する。「磁場ディスラプター・テクノジーによってナチス機は重量を89%減らすことができた。それは後のTR-3Bでも使われたとされる。ナチスが使った反重量機には根本的に異なる2つの種類が存在する。1っはもともとヴリル協会が開発した円盤型航空機で、これは後にssによって兵器化され、各種のハウ二ヴ機になった。もう1つは、ハウ二ヴ機を収容出来る「アンドロメダ・デバイス」と呼ばれる巨大な葉巻型の航空機である。研究者ロブ・アルントによると、アンドロメダ・デバイス2機の製造は1943年にツェッペリンの古い格納庫がある場所で開始された。長さ139m、直径30mのアンドロメダ・デバイスは前述した反重力テクノロジーの他に恒星間飛行を可能にするきわめて特異なシステムを備えていた。前部と後部にある推進システムは、まず4基の巨大な動力装置(タキオネーター11を前部と後部に2基ずつ)がある。後部にはさらに大きな4基のSMレビテーターがペアーになって上部と下部にある。機の大重量を支えるために機体底面に大きな台があり、機はその上に据えられている。これらのエンジンはみな電磁重力タイプと考えられている。物理学者アーノルド・ゾマーフェルトは後に「タキオン」と名づけられる超高速粒子の存在を提唱した最初の人物である。実はアインシュタインとゾマーフェルトノ1910年の思考実験は、ヴリル協会が空飛ぶ円盤の試作品を作り始めた時にはどうやら実用化に成功していたようだ。ミュンヘン工科大学電気物理学研究室の室長だったシューマンが飛行可能な空飛ぶ円盤を創り出した人物であるのに対し、ゾマーフェルトは恒星間移動を可能にする「タキオニック・アンチテレフォン」の原理に基づく「時間ドライブ」テクノロジーの先駆者となる。それらは部分空間で宇宙船をある地点から別の地点ヘ瞬間移動させられる原理で動いていました。この「ジャンプ・ドライブ」(時間ドライブ)は、普通の移動の考え方とは違う方法で空間と時間、あるいは時間と空間の枠を上手く超えていました。これらの宇宙船は、違う時間枠にある太陽系に戻らないようにするテクノロジーでしっかり追跡され、時間調整されていました。オルシック達は当初、ポータル・フィジックスも十分理解しないままナチョラル・ポータルズを基に宇宙船を飛ばそうという試みがありました。この「遠征」は、数年後にアメリカ人が経験することになる「フィラデルフィア実験」と同じような結果に終わりました。アメリカ軍は第2次大戦が終わるまでアンドロメダ・デバイスを探し当てることはできなかった。ペーパークリップ作戦でこれらの設計図は入手したものの、その実用化には何年もかかった。  

 

2012年正月早々、奇想天外すぎるニュースが流れてアメリカ中を沸かした。インターネット上では2011年夏ごろから話題になっていたが、.マスコミを唖然とさせたのが、内部告発者たちの中心的存在が、ただの変人でもなく、なんと複数の一流大学で学位を修め、在学中から環境生態学者として多数の論文を発表し、現在は環境保護派の弁護士として活動する教養豊かな知識人だったからだ。その人物の名はアンドル・D・パシアゴ50歳。冷静沈着で緻密な合理的思考を武器とする知的職業人のパシアゴが、己の地位と名誉と誇りを台無しにしかねない危険を冒すことも恐れずに、声を大にして内部告発する理由はただひとつ。「アメリカの政府、軍、情報機関、軍需産業、軍事科学者が一体となったいわゆる軍産学複合体は、宇宙と人類の歴史に関する真実の情報を徹底的に隠ぺいし、自国民はもちろん世界中の人民を完全に騙している。」

パシアゴ弁護士の主張するところでは、すべての技術開発の原点は、天才発明家ニコラテスラの最晩年の時空研究に遡ったという。1943年米海軍極秘の軍艦不可視化計画”フィラデルフィア実験”に協力したが、同実験が暴走して予想外の瞬間時空移動が起きる。テスラは責任は持てないとして総指揮から降りた。代わりに原爆開発の「マンハッタン計画」にも参加したフォン・ノイマンがその後継者になった。さらに、パシアゴ弁護士は、内部告発に踏み切った国防高等研究計画局DARPAとCIA共同の極秘時空トラベル計画”プロジェクト・ペガサス”では、実は1968年までにすでに数通りの時空トラベル方法が実験段階に達していたという。1960年後半、ペガサス計画では、密かに選抜した年少の学童達を過去に送り込んで情報収集に当たらせる実験をスタートさせていた。当時はほかにも実験要員に選抜された8才から9才ぐらいの少年少女が多数いて、パシアゴは彼らとチームを組まされて、国防総省がバックアップする高等学習プログラムを受けた。

チームの各メンバーは実験と訓練を兼ねて、カーティスライト・テレポートからニューメキシコ州サンタフェまで、定期的に時空トラベル体験を積まされた。サンタフェからの帰りの旅には、いつもサンディア・テレポートが使われたという。しかし、初期の時空トラベル実験には色々問題点があり、悲惨な事故もしばしば発生した。あるケースでは、少年が目的地に到達する際、体の一部がほんの一瞬だけ遅れたため、両足がちぎれてしまった。子供が時空トラベルの最中に失踪したきり帰って来なかったケースも何件かあったと、パシアゴは回想する。なぜ子供たちを被験者に選んだのか次の理由があげられるという。1.国防総省としては、時空トラベル体験が子供に及ぼす精神的、肉体的影響をテストしたかった。2.別進行の時間透視機探査プロジェクトでも、成人が中に立つと形成されたホログラフが崩れるので、子供がどうしても必要だった。3.子供の心は未経験の白紙状態なので、成人が見落とすものも見落とさない。4.子供の訓練生が成人すれば、表向きのNASAの宇宙計画と同時進行するDARPAの裏の時空計画に適応し易い。5.異なる時間線移動が原因で成人はときに精神異常をきたすこともあるが、幼少期から訓練された成人は、時空トラベルの精神障害に対処できる優秀な時空トラベル要員になれる。

カーティスライト・テレポートの時空トラベル装置は、テレポーテイションだけでなく、限定的ながらタイムトラベルも可能だった。パシアゴによれば、ダイアルの調整次第で過去、未来いずれの方向へも、2年前後のタイムトラベルができたという。ペガサス計画では色々なタイプの時空トラベル手段が研究開発された。 

1つ目は、カーティスライト・テレポートで体験したケース。

2つ目は、ニュージャージー州から1863年のゲディスバーグに時空トラベルした件だ。1枚の写真がある。古めかしいモノクロ写真だが、写真の中央には、髪の毛が現代風に長めせいか、どことなくちょっと場違いな感じの少年が写っていて、一人ぽつねんと両手をポケットに突っ込んだまま、左の方に視線を投げている。パシアゴ弁護士によれば、画面中央の少年こそ、11才のパシアゴ少年が、1863年へとタイムトラベルしたときの姿なのだという。それもリンカーン大統領が奴隷解放を旗印に戦った南北戦争のさなかの18631119日、同大統領が行った後世名演説として有名になるあのゲディスバーグ演説の現場を見届ける任務を与えられ、直前の時間帯をターゲットに、1972年のアメリカから時空トラベル装置で送り込まれたというのだ。パシアゴ弁護士によれば、自分が写り込んだこの写真を古雑誌の中に発見したのは2003年のことで、まったくの偶然だったという。まさかリンカーンを待ち構えていた自分が、誰かに写真を撮られたとは思ってもいなかったので、ひどく驚いたという。

3つ目は、近未来の2045年を定置点として、そこまで飛んでは帰って来ることを繰り返せる方式だ。「スターゲイト」と命名されたその金属構造物で、2045年まで試験的に送られるパシアゴたちを、ペガサス計画の科学者たちは宇宙飛行士になぞらえて「時間飛行士」と呼んでいた。時間飛行士たちは、それぞれの視点から入手した未来70数年間の情報を携えて、1972年に帰還した。パシアゴ自身が見た2045年の世界は、大災厄の痕跡は少しもない平和で静穏な、高度に進歩した社会だったという。9.11事件(世界貿易センタービル破壊など)当時のブッシュ大統領政権で国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドは、1970年代初期にはニクソン政権下で働いた若いスタッフの一人で、パシアゴによればペガサス計画の防衛担当官でもあったという。従ってラムズフェルド長官もおそらく上司のブッシュ大統領も9.11事件が起きることを事前に承知していたはずだという。ペガサス計画におけるパシアゴ少年の活動は、1972年にタイムマシンで2045年の世界を見てきたのを最後にひとまず終止符を打たれ、一般の少年と変わらない普通の学生生活に戻って、1981年の夏までは積極的な勉学に明け暮れるようになる。

4つ目は、カリフォルニアロサンゼルス校に通っていた19歳のパシアゴのもとに1980年早々、突然ハントと名乗るCIAの初老の工作員がやって来た。ハントの目的は、ペガサス計画の次のステップとして火星テレポート実験を承諾させることだったが、パシアゴ当人は少年時代に経験した時空トラベル実験での扱いが乱暴だったので、これ以上政府の秘密計画に関わるのは気が進まなかった。しかし、結局はその年の夏、同州北部のシャスタ山麓にある小さな2年制短大シスキュー・カレッジで、3週間の「火星トレーニング研修講座」を受けることになる。これは火星環境の実情と対応の仕方を学ぶテレポート要員の訓練セミナーで、研修生はパシアゴを含めて10代半ばから19歳までの男女学生10人。講師は米陸軍の科学技術インテリジェンス将校で、当時は軍事機密だった遠隔透視研究のパイオニアとされるエドワード・デームズ少佐だった。

パシアゴの証言によれば、この選抜された10人中7人まで、親がCIAと密接な繋がりがあり、パシアゴの父レモンドを含めて、親達も皆、火星セミナーを聴講したという。そして後年パシアゴは知るのだが、同じ研修クラスに若き日の第44代合衆国大統領バラク・オバマがいたのだ。ただしオバマ青年は事情があって、当時はバリー・ソエトロと名乗っていた。これは母親でイギリス系白人の人類学者アン・ダナム博士が、ケニア黒人バラク。オバマ・シニアとの間に生んだ数年後に離婚、すぐにまたインドネシア人ロロ・ソエトロと再婚したため、火星セミナー当時は、バリー・ソエトロ名義だったのだ。母親のアンは表向きは人類学者として、CIAの秘密任務を遂行したとされる。もうひとつ興味深いのは、同じ研修仲間で大統領直轄のDARPA初の女性局長、レジーナ・デュガン博士も、当時ヴァージニア工科大の女子学生で火星セミナーを受けていたという。もちろん指名したのはオバマ大統領だが、決してただの偶然ではない。

火星セミナーにおける講師デームズ少佐の話は、非常に厳しいものだった。火星の地表は原始的な環境で、研修生は火星上で高度の危険に遭遇する覚悟をしなければならないと脅かされた。パシアゴの主張では、1980年初頭、彼らが研修を終えて火星へと旅立った当時、アメリカの火星におけるプレゼンス、進出、開拓と基地建設はまだ始まったばかりだったが、代償としてすでに多くの犠牲を払っていたのだ。少佐は講義の中で、恐ろしい真実を包み隠さず打ち明けたという。「我々がこれまでに火星ヘ送った兵士や科学者、技術者は97千人にのぼるが、そのうち5年後まで生き残れたのは、わずかに7千人だけというのが実情だ。」少佐はさらに、火星には知性のある人間型生物もいることが分かっているが、当面一番厄介な問題は、地表に生息する様々な肉食動物の餌食にならないようにいかに対処するかだ。予想される危険な事態に備えて、パシアゴは火星へ出発する直前、CIAのハントから追加トレーニングを受けたという。こうして火星セミナーの研修を滞りなく終えた10人の若者は、1981年から1983年にかけて、カリフォルニア州エルセグンドのヒューズ航空機社ビル内の”ジャンプ・ルーム”から、それぞれ個々に何回か、火星へテレポートすることになる。

火星テレポート体験を終えてしばらくして、何らかの心理的ブロックをかけられたらしく、当時の記憶は現在でも曖昧で、部分的にしか回復していないという。それでもパシアゴが思い出せたかぎりでは、彼らが火星にジャンプした1980年代初めのアメリカ基地は建設の初期段階にあり、安全性を考えて設備の大半は地下に建造されていた。パシアゴがもうひとつ記憶にとどめているのは、1981年から1983年の間に、火星のジャンプルーム付近で、研修生仲間だったバリー・ソエトロことバラク・オバマ・ジュニアに出会ったことだ。そのときパシアゴは何度目かの火星訪問中で、ジャンプルーム設備の丸天井の下で壁に寄りかかって座っていたが、そこへ火星の平原地帯から帰還したらしいオバマ青年が、ジャンプルームに近寄ってきて、目の前を通り過ぎようとした。そのときパシアゴと視線が合い、相手に気が付いた。オバマは思い入れを込めて言ったそうだ。「お互い、遠くへ来たもんだな」と。

パシアゴに最近心強い味方が現れた。なんと1980年の火星セミナーに選抜されて参加した10人の若者の一人、最年少のウイリアム・ブレッド・スティリングスが「パシアゴの証言はすべて真実だ」と名乗り出たのだ。昨年8月、ステリングスはパシアゴと感激の再会を果たし、お互いの記憶が細部まで合致することを改めて確認したそうだ。「あのクラスには確かに、ソエトロと名乗っていたオバマがいた、火星にジャンプした時もオバマに再開したよ。火星基地ではCIAのハントにもデュガンにも出会ったのを覚えている。しかし、「火星に時空トラベルした」と主張する陰謀内部告発者は、パシアゴが初めてではない。「火星にアメリカの秘密基地や植民地が秘かに建設されている」と驚くべき真相暴露に踏み切った「元関係者」もパシアゴ以前から何人もいたという。

以上をまとめると、「アメリカはすでに196070年代に、極秘のタイムトラベル実験に成功した」。「アメリカは同じ技術を転用して、月や火星に瞬間移動できるテレポーテーション実験にもすでに成功済みだ」。「アメリカはこのタイムトラベル、テレポーテーション技術を駆使して、すでに火星上に秘密基地を建設している」。「火星には生命が存在し、地球生物に似た高等生物もいる」。「火星にはレプタリアン型文明人がいて、今も地下都市に大挙居住している」。以上.ムー、ありえない世界(Dr.マイケル・E・サラ、高島康司)より抜粋。

 

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宇宙人と極秘会談した大統領とその後、そしてレプティリアン

1953年後半、UFO船団が地球に接近し、電波通信による交渉が成立、彼らは地球の大気圏内に入った。このとき第2UFO船団が出現して、最初の船団との交渉には気をつけよと警告を発したという。内部告発者たちによると、アイゼンハワー大統領の最初の会談相手は、UFO搭乗者分類上、ノルディック型と呼ばれる金髪碧眼白皙で長身のエイリアン、2度目の会談相手は、グレイ型と呼ばれるエイリアンだったという。最初の会談では、ノルディック型エイリアンから、核武装の解除と精神文明向上の道を選ぶよう勧告されたが、仮想敵国のソ連も同じ条件でなければと、受諾を拒否した。2度目の会談相手のグレイ型は、彼らの高度な宇宙技術の供与と引き換えに、地下基地の建設と地球人の誘拐、検診、生殖などの実験許可を求めてきた。人間被験者の記憶は返還時に抹消する条件だった。東西冷戦の真っただ中で、また宇宙開発戦争で、しのぎを削るソ連に対して優位性を保つため、政府はアメリカ以外の諸国と諸国民を完全に無視した形で、グレイ型との極秘の互恵協定を結んだらしい。しかし、現在の地球上のUFO事情を見る限り、グレイ型はしばしば協定違反を犯していることは、研究者たちの目には明らかだろう。それにしても、アメリカ政府は、なぜこうした無法行為を黙認しているのか?1974年、アメリカで「情報自由化法」が施行されると、CIAやFBIがUFO情報を隠蔽してきた事実が次々と発覚した。様々な極秘文書の封印が解かれる中、1987年には国立公文書館で発見された「MJ-12文書」が公表される。これは、アメリカ政府と異星人との間で交わされた密約文書だ。あるいは「クリル文書」と呼ばれる文書には、1954年2月21日にエドワーズ空軍基地の特別室において、異星人の全権委任大使クリルとアイゼンハワー大統領が、密約に調印したとある。この時の協定は、次の5つの項目からなっている。①異星人はアメリカ政府にかかわる問題に、一切関知しない。②アメリカ以外のいかなる国とも協定を結ばない。➂アメリカ政府は異星人の存在を秘密にする。④アメリカ政府も異星人の行動に干渉しない。⑤異星人がテクノロジーを提供し、技術革新の手助けをする。ところがここで、異星人クリルは新たな要求を申し出た。「医学検査や遺伝子工学的な実験を行う際には、家畜や人間を利用したい」との事。人間を自分たちの実験道具にしたい、というのだ。ただし、人間については殺すわけではない、実験が終わり次第、記憶をすべて消し、もとの場所に帰すと、クリルはいった。さすがにこの要求には、アメリカ政府も躊躇したという。しかし、彼らのすぐれたテクノロジーの一端を目の当たりにし、最終的にはそれを受け入れたのである。要するにアメリカ政府は、異星人からテクノロジー提供を受ける見返りとして、家畜のみならず、自国民である人間さえも売渡したのだ。「1954年グリーダ協定」と呼ばれるものだ。この協定によって、ダルシ―とネバダのエリア51に、共有の地下基地が建設された。それと歩調を合わせるかのように、1957年後半からUFOの活動もにわかに顕著化してくる。1960年代には、人間の前に堂々と異星人が姿を見せるようになり、それは誘拐事件やキャトル・ミュティレーションにまで発展していったのだ。異星人は誘拐した人間のリストを提出しないばかりか、無差別に誘拐を繰り返し、ときには戻さないケースさえあることを軍の情報部が報告してきた。アメリカ政府と秘密組織MJ-12にとってこの協定破りは、とても看過できない問題だった。一方、地下基地では、エリア51でこそ異星人との技術提携は順調に進んでいたものの、ダルシィでは、非人道的な行為が平然と行われていた。「ダルシィ文書」は実は、その事実を告発するものだった。同文書によればダルシィ基地は、幅約30キロ、長さ約8キロという広大さで、2,000人もの異星人が暮らしていた。また、ロスアラモス研究所とはチューブシャトルで連結されており、基地の深部は自然の洞窟網にも繋がっているという。基地は7層に分かれていて、異星人たちは5~7層にいた。その6層目、レベル6が「悪魔の広間」と呼ばれる階だった。ここが彼らの遺伝子工学研究の中枢部で、日夜、無気味な実験の舞台となっていた。具体的にいえば、異星人と人間との異種交配や、動物と人間同士を掛け合わせたクローン作製である。その下の7層、レベル7は基本的に立ち入り禁止区域になっている。なぜならここには、誘拐された人間たちが檻に閉じ込められていたからだ。実はこれこそが、異星人の目的だったからだ。「彼らが人間や家畜の体を切り刻んでいるのは、直接皮膚から栄養分を吸収できるようにするためだ。事実だとすれば異星人が地球を訪れた目的の一つがはっきりする。彼らは人間を食べる、家畜化するためにやって来たのだ。彼らは生き残るため、家畜や人間を切り刻み、液体状にしてから過酸化水素などを混合させた液体をつくり、体をその液に浸して必要な養分として吸収していたのである。そうしないと彼らの種が絶えてしまうからだ。彼らは健康な時は黄緑色をしているが、衰弱してくると灰色になる。このまま彼らの悪行が続いていけば、やがて地球の全生命が彼らの支配下に置かれることになるかもしれない。ここにきてMJ-12もようやく、協定を締結したのが間違いだったことに気づいた。発端は1978年、地下基地内で勃発した反乱にあった。後に「ダルシィ・ウオーズ」と呼ばれるようになる。人間対異星人の最初の戦いだった。原因は、異星人たちの本当の研究目的を悟った一部の地球人作業員が研究放棄を宣言したことで、これに研究所側が強硬な姿勢で臨んだために騒ぎがおおきくなった。内乱は実に1年以上続き、1979年の終わりにはついに、拳銃やライフルをしようするまでに発展してしまった。最終的には科学者44人、軍人約60人死亡の甚大な被害をだして抗争は終結する。ちなみに地下1階は、保安部と通信部の他、パーキング兼街路メンテナンス。地下2階は、地球人用居住区のほか、地中列車、連絡シャトル、トンネル掘削機の格納ガレージ、UFOメンテナンス階、各地の重要地下基地に通じる巨大トンネルが、少なくとも6方向に出ていて、そこを超高速シャトルが往復している。地下3階は、管理部、研究部、コンピュータ室があり、基地全体を管理している。地下4階は、人間とエイリアンのテレパシー、オーラ、マインドコントロール、心体分離実験、人間とエイリアンの心身交換実験などがおこなわれている。地下5階は、グレイ族とレプトイド族の専用居住区。彼ら自身も実験対象となる。

2015年、レプティリアンに占められたアメリカに、ノルディックが侵入して来ている。その理由はレプティリアンに操られたアメリカ政府に危惧を抱いたからに他ならない。近い将来、アメリカが主導して起こりそうな核戦争勃発のリスクを察知して監視、警告するためなのだ。かつての東西冷戦時代、旧ソ連およびアメリカは、UFOの接近で何度となく核施設の機能を停止させられたことがあったという。実はその犯人はノルディックだったという。20世紀以降は、ノルディックが急速にその勢いを増している。実は、このことを明らかにしたのは、NSAで働いた経験があり、かつCIAの元局員だったエドワード・スノーデンだ。

グレイには3タイプがあり、タイプA、リゲリアン。オリオン座方向にある超巨星のリゲル星系から来たグレイⅠ型の「リゲリアン」身長は1~1.5メートルで、巨大な頭とアーモンド型のつりあがった大きな目が特徴。リゲリアンは、生命維持に生物学的な物質が不可欠。そのため、人間の血や分泌物が入った容器に体を浸し、それらの物質を皮膚から吸収するのだ。人間以外の動物の体液に依存する場合もある。老廃物は皮膚を通して排出する。さらに、光合成によってもエネルギーを得ることが出来るという。完全に分離した二つの脳があり、頭蓋骨の中間にある骨区画で分かれている。なお、月の裏側には「ルナ―」と呼ばれるリゲリアンの基地があり、巨大な機械で大掛かりな採掘作業が行われているという。ちなみに、地球の基地は大西洋にあり、そこでも採掘作業が行われている。タイプB、レティキュリアン1は、レチクル座方向のゼータ・レティキュリ座の太陽系から飛来。外見はリゲリアンとほぼ同じだが、指の配置や顔つきが少し異なる。リゲリアンよりも洗練されており知能が高い。彼らは攻撃的ではなく、リゲリアンのように人間の分泌物を必要としない。レティキュリアンⅡはリゲリアンとレティキュリアンに従事したクローン。他の2種に比べ唇がうすく、または無いものもいる。

ノルディックは、プレアデス星団、オリオン座方向、アルデバラン(おうし座一等星)星系から飛来、金髪で青い目、身長約2mで、北欧人に見える。まれに暗色の髪と茶色の目の者もいる。有害な輻射熱やほこりなど、内側の透明なまぶたで保護されている。夜間視力はきわめて俊敏だが紫外線には弱い。聴覚は超音波とサブ音波を認識可能だ。また、味覚をもたず、肉食を好まないベジタリアンである。脳は地球人と同じ構造とサイズだが、中脳は地球人より大きく複雑で、この部分がテレパシーと念力をおこす超能力を司る。トールホワイトはノルディックの一種で、身長が2.2m~2.4mと非常に高い。アメリカ政府と密約を結んでいるといわれる。宇宙船はマインドを通してコントロールされ、思考命令に反応する。宇宙人たちの体と、その宇宙船は、彼ら自身の思考を通してコントロールされ、電気的な神経系をとおして、直接つながっている。宇宙船は衣装を着るのと同じように人形体をつかう宇宙人によって操作されている。宇宙船の中には複雑なコントロール機器やナビゲーション機器はない。

ヒト型爬虫類「レプティリアン」は、身長2~2.4mで尻尾があり、肌はトカゲのようにざらついている。レプティリアンはまた、竜座のアルファ星を母星とする高度に発達したドラコニアン(竜座人2.1m~6.7m体重800kg)の配下で、太古から地球に飛来していた集団だという。ドラコニアンは有翼で、叡智を宿した種であり、千里眼で頭がよく、邪悪。古代の地球を訪れた。(有翼と白子は王族、尻尾がないのは労働者)支配カーストを「キアカル」という。その記録は「蛇神信仰」の形で、地球上の各地に残されている。アルファードラコニアンの主要な活動はエリート層、秘密結社、金融システムの支配、欠乏、争い、不安の空気をかもすことによる軍部支配、グレイ、地球レプティリアン、銀河奴隷取引の操作。暴力やテロの増殖、薬物取引と組織犯罪。銀河系最古参で変身する能力をもち人間社会に紛れ込んでいる。何千年もの歳月をかけ、レプティリアンの完全支配計画は、ほぼ達成されている。基本的には、完了しているのだ。地球のレプティリアンは、りゅう座帝国にあったシステムと同じピラミッド構造の支配システムを構築した。アメリカの1ドル紙幣にあるレプティリアンの目のついたピラミッドは、この支配システムを象徴したものである。ピラミッドの金の頂上部がビンダー(総括指導者)を象徴している。次の層の目は、13の支配家系を表している。ロスチャイルド(ビンダー)家、ブルース家、ケネディ家、メディチ家、ハノーバー家、ハブスブルク家、クルップ家、ブランタジネ家、ロックフェラー家、ロマノフ家、シンクレア家、ウォーバーグ家、ウインザー家、各家系には、地球上の縄張りと、果たすべき特別な任務があたえられた。世界の金融、軍事技術、マインドコントロール、宗教、マスコミなどである。13の支配家系は、全員が高い割合でレプティリアンDNAを保有している。主要な人類支配は「憑依」によって行われている。レプティリアンからのコントロールを受ける者たちはどの人種にもいるが、白人が圧倒的に多い。レプティリアン純血種には、きわだった特徴がある。それは彼らが、自らの肉体との結びつきが希薄なことだ。そこで4次元世界に意識を持つ彼らは。この3次元世界で活動するためになんらかの形態をとらねばならない。1っは、レプティリアン遺伝子を持つ人間の肉体にオーバーシャドーし、「宇宙服」として利用するタイプである。この宇宙服も一定の年月を経てガタがきたら、脱ぎ捨てられる。そして彼らはまた、新しい宇宙服に着替えるわけだ。もう一つは、低層四次元のレプティリアン純血種といわれるものである。彼らは直接、人間の姿から爬虫類型宇宙人の姿にシェイプ・シフトができるタイプである。彼らは実際、このような能力を持っている。そして、この3次元ではほとんどの場合、自分たちの正体を隠すために人間の姿で生活をしているのだ。2つ目は、レプティリアンに取り憑かれている混血種で、彼らにオーバーシャドウされるべく生まれてきたような存在ともいえる。その人は完全に彼らのコントロール下に入ることになる。つまり道具にされてしまう。レプティリアンに取り憑かれている人々の大部分は、そのことを全く自覚していない、けれども彼らの思考はレプティリアンの思考となっており、彼らの行動はレプティリアンのアジェンダに沿うものとなっている。これに対し、ロスチャイルドやウインザーといった指導的ブラザーフッド一族は、アジェンダのすべてを知る純血種である。人間の肉体をオーバーコートのように着込んでいるのだ。たとえば、ヒラリークリントンはレプティリアン、夫のかつての合衆国大統領ビル・クリントンは単にオーバーシャドウされているだけとみえるらしい。ダイアナ皇太子妃がウインザー王家の人々のことをトカゲや爬虫類と呼んでいたのも、なにもゆえなきことではない。「彼らは人間じゃない」と、親しい人に大真面目で語っていたそうだ。そしてダイアナ妃の乗った車は、ポン・デラルマ・トンネル内の13番目の柱に激突した。そこは古代メロヴィング一族が、女神ディアーナに生贄を捧げていた場所だった。スイスのグランド・アルペン・ロッジ(支部)は、現代世界において最も重要なフリーメイソンロッジの一つだ。現在この地上において最も活動的なレプティリアンの僕たるヘンリー・キッシンジャー(彼自身もレプティリアン)は、このロッジのメンバーである。このロッジは最高レベルの世界操作に関与しており、極めて悪魔的である。世界の指導者が参加している気色の悪い儀式がある。人間の血とホルモンを摂取する儀式で、これは人間の姿を維持する目的だ。人間の血とホルモンがなければ、レプティリアンの思考パターンがDNAを活性化させ、トカゲのような姿になってしまう。頻度については個体差がある。その違いをもたらす二大要因は、個体の年齢とレプティリアン対人間のDNA比率である。高齢になるほど、また、レプティリアン遺伝子の比率が高い者ほど、人間への調波が頻繁に必要となる。一つは血を飲むことである。二つは人間の精液を飲むことだ。これはホルモン、遺伝物質、血を含んでいるため、最も効能が高いと考えられている。あるいは、血を流させたり、生殖器や臓器を実際に食べたりする。この場合、当然、殺人ということになる。失踪した子供や若者は、このような最後を遂げていることが多い。

第二次世界大戦で欧米のイルミナティは、世界支配に向けた日本イルミナティの欲望を砕くことができた。日本の王家(昭和天皇が代表)は、13家系から常に非正統だと仲間外れにされてきた。日本側は、レムリア大陸の純血爬虫類人の直系子孫であると主張している。一方で、欧米イルミナティは、日本イルミナティはりゅう座人階層の下等な種の末裔であると主張している。日本と皇室の破壊はこれからだとある。Dsc02299

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ありえない世界(マイケル・E・サラ、高島康司)、地球を支配するブルーブラッド(スチュワート・スワードロー、五伊しほ)爬虫類人(デーヴィド・アイク、太田龍)、ムーより抜粋

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太陽系の防御とブルー・エイビアンズ

海王星は太陽系の一番、外側にある惑星だが、さらにその軌道の外側にはカイバ―ベルトと呼ばれる地帯が存在し、そこには50程の惑星が存在している。これらの50程の惑星には、明らかに先端的なテクノロジーを持つ地球外生物の遺跡が数多く発見されている。これらの遺跡は非常に古い時代に大きな出来事があったことを示すように、かなり破壊されている。このような遺跡が太陽系内のどの惑星でも発見されている。その年代は25億年前と非常に古い。これが太陽系を初めて訪れた地球外生物の痕跡である。長い間、太陽系には他の地球外生物が来訪することはなかった。それというのも、この超古代の地球外生物によって、太陽系全体を外部の侵入者から保護するシールドが張られたからだ。何があったかはっきりとは分からない。この超古代の地球外生物は今はいない。その後、太陽系には、人間に似た生物が進化した。その惑星の一つが火星である。もう一つが今は亡き「モルデック」と呼ばれる惑星で、小惑星地帯にあった。火星とモルデックの生物は激しい戦争を繰り返していた。この戦争が理由なのかどうかは、はっきりしないが、約50万年前モルデックは大爆発し、消滅した。この破片が現在の小惑星帯だ。また、火星もこの大爆発の影響をうけた。大気は吹っ飛び、現在のような荒涼とした惑星になった。その影響で、超古代の地球外生物が高度なテクノロジーで張った保護シールドが破壊され、外部から太陽系内には自由に侵入することが可能になった。当分の間は外部からの来訪者はなかったが、36万5000年ほど前、かなりの数の地球外生物が一斉に太陽系内に侵入してきた。そのうちの種族の一つが、レプティリアンを主体とした「ドラコ同盟」であった。彼らは地球の所有者であることを強く主張した。その後、「ドラコ同盟」のレプティリアンは、シュメール文明や古代バビロニア文明などに接触し、彼らの神として君臨した。どの文明でも神官階層を支配し、秘儀を伝えた。これはシュメールやバビロニアの滅亡後も数千年にわたり存続し、現代に至る。いわゆるこの集団が「イルミナティ」の源流である。彼らはその後、欧州を中心に文明や国家と関わりを持ち、影の支配者として君臨した。ところが、最近この支配構造に大きな変化が起こっている。2014年頃、第6密度に存在する「ブルー・エイビィアンズ」と呼ばれる種族がコンタクトしてきた。「ブルー・エイビィアンズ」は、25億年前に太陽系に一大文明を築いた「古代ビルダー族」であった。いま地球はレベルの低い第3密度にいるが、それよりもはるかに振動数の高い第6密度からやって来た種族だ。「ブルー・エイビィアンズ」は、テクノロジー的にも精神的にも最も進化した種族であり、他の地球外生物を圧倒している。「ブルー・エイビィアンズ」は、これから太陽系はエネルギーが充満した宇宙エリアに突入するため、激しいエネルギー放射によって人類は精神的に進化し、第4密度へと移行するという。しかし、この進化の過程は非常に激しく、この過程で、生き残れない人間も多数でてくる。また、こうしたエネルギー放射は、もともと邪悪な精神性の「ドラコ同盟」にとっては脅威となる。彼らはこのエネルギー放射には耐えることができず、生きていくことは出来ない。今の精神性が低いままでは、現代の人間もこのエネルギー放射に耐えることは出来ない。人類の第4密度への進化は極めて困難だ。従って「ブルー・エイビィアンズ」は、人類がもう少し精神的に進化する時間的な猶予を与えるため、太陽系内に見えないキューブでシールドを張り、エネルギーの放射を遅延することにした。その後、地球にもシールドを張り、地球から太陽系外に出られなくさせた。これはエネルギーの放射を恐れる「ドラコ同盟」のレプティリアンにとっては大変な脅威となった。このままでは地球から脱出することが出来なくなるため、地球で死滅する他なくなる。このため2014年12月、「ドラコ同盟」と、それに同盟している「イルミナティ」の集団は、オーストラリアの基地から「ブルー・エイビィアンズ」が張ったシールドを突破するため、最強のレーザー兵器を使い、これを突破しようとした。しかし、レーザーはシールドによって逆に跳ね返され、オーストラリアの基地は全滅した。この中には「ドラコ同盟」の幹部や「イルミナティ」の幹部もいた。これは彼らにとって大損害となった。このレーザー攻撃と跳ね返ったレーザーの様子は「国際宇宙ステーション」で偶然撮影された。以下のURLで見れる。https://youtu.be/bkk5PIIYyKsこの事件の後、「ドラコ同盟」のほうから「秘密宇宙プログラム」の離脱グループにアプローチがあった。ぜひ今後のことを協議したいとのことであった。会場の場は、さる閉鎖されたニューヨークのホテルの地下にある会議室で行われた。私(コーリー・グッド)は、私の連絡役となっているゴンザレス中佐とともにこの会議に出席するように、「ブルー・エイビィアンズ」から命じられた。私たちが指定されたホテルに到着すると、案内人が現れた。人間であった。なんとそれはあのキッシンジャー(アメリカの元国務長官、ニクソン及びフォード政権の大統領補佐官、国際政治学者、2020年11月25日、トランプ大統領より国防省顧問を解任、94歳)であった。キッシンジャーは私たちに、「君たちは彼らに対してもう少し敬意をはらうべきだ」といいながら、会議室に案内した。私がレプティリアンと直接会うのはこれがはじめてだった。明らかに高位の幹部のレプティリアンが、10名くらいの武装した護衛を従えて現れた。高位のレプティリアンは、私の頭を強く押さえつけるように、激しいメッセージをテレパシーで送ってきた。それはまさに脅しであった。「もし我々のいう事をきかないのならば、第三次世界大戦を起こしてやる」などと激しく脅した。だが、彼らは「ブルー・エイビィアンズ」が張ったシールドのために、出身惑星に帰還できなくなったことに、明らかに狼狽しているのが分かった。その後、レプティリアンはもし「ブルー・エイビィアンズ」がシールドを解除して自分たちを帰還させてくれるのであれば、「ドラコ同盟」が地球に保有するすべての基地や施設を、「イルミナティ」などの人類の支配勢力にすべて引き渡すと宣言した。このときの会合はこれで終わった。私はレプティリアンとのあのような体験を二度としたくない。最悪の体験だった。その後、「ブルー・エイビィアンズ」は「ドラコ同盟」を含め、現在地球にいるすべての地球外生物を集合させた。そこで、シールドを解除したので出身惑星に帰還することができると告げた。その場ではあきらかに安堵感がひろまった。「ドラコ同盟」のレプティリアンは、地球を退去した。その後、レプティリアンの施設を譲られた「イルミナティ」の異なった勢力の間で、施設の獲得を巡る闘争が始まった。この闘争は激しく、これで「イルミナティ」全体の勢力が衰退している。

実は「ブルー・エイビィアンズ」は人類の進化を援助するために来訪しているのではない。事情はもっと複雑だ。太陽系は「局所恒星間雲」というエネルギーの強い銀河系のエリアに突入したため、現在の人類は、この強いエネルギー放射に耐えられない。そのため「ブルー・エイビィアンズ」は、太陽系内に不可視の球体を配置し、エネルギーの放射をブロックしている。レプティリアンを中心とした「ドラコ同盟」とその配下のイルミナティが支配する現在の地球では、否定的な精神性が強すぎて進化のために必要なバランスを実現することが出来ない。そのため人類は、主体的な判断に基づく進化の選択ができない状態にいる。「ブルー・エイビィアンズ」は「ドラコ同盟」を帰還させ、イルミナティを分裂させることで、肯定性と否定性とのバランスを回復させようとしている。進化の選択は人間自身が主体的に行うことなので、これには「ブルー・エイビィアンズ」は介入できない。「ブルー・エイビィアンズ」は主体的な選択ができる条件を作りにやって来ただけだ。「ドラコ同盟」を帰還させ、イルミナティを弱体化させたので、エネルギーの放射をせき止める球体のブロックの一部を解除した。そのため、一層強いエネルギーが太陽系内に侵入している。これに伴い、人間の本性が一層あらわになる時期に入った。抑圧しているネガティブな性格が強い人間ほど、このエネルギーの放射には耐えられなくなるだろう。約25億年前、太陽系には「古代ビルダー種族」と呼ばれる種族がいた。地球外生物が侵入してこないように、太陽系全体にシールドを張り巡らせた。このシールドはカイバ―ベルト内の惑星に設置された。この「古代ビルダー種族」こそ「ブルー・エイビィアンズ」である可能性が高い。そしてさらに「ラー文書」の集合的な精神「ラー」であるかもしれない。今、「ブルー・エイビィアンズ」がカイバ―ベルトに滞在しているということは、自分たちが元に居た場所に帰還していることなのかもしれない。「ブルー・エイビィアンズ」にとって人類が第4密度への進化を支援することが自分たちのカルマの解消につながり、それが彼らがさらに進化するための条件になっているという。25億年前の「古代ビルダー種族」の運命と関係がありそうだ。(この宇宙の重大な超現実より抜粋、高島康司)

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ブルー・エイビィアンズ

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ラオス蝶採集紀行とアイスマン

■日程2020年2月22日から28日まで。ラオスにて蝶採集。

■新型コロナウイルス

当時、ダイヤモンドプリンセスが世間を賑わせている中、コロナウイルスも世界各地に広がりを見せていた。ラオスに関しては、ネットで見る限り、無風地帯にみえた。ほとんど影響なかったが、帰国する際、着替えの為、予約してあったホテルから、突然、日本人お断りの連絡があったぐらい。

■ラツクサーオを中心にメコン川支流、公園、石灰岩の岩場など回った。目的はフィディアスタイマイとラオスジャコウ。

残念ながらフィディアスタイマイは発生の時期がずれていたため採集できず、ラオスジャコウも極端に少なくこれも採集できなかった。

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2020年2月22日から28日まで。このトヨタ車にお世話になる。右ハンドル車はラオスでは走行できない。

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2020年2月22日

ビエンチャンの凱旋門パトゥ-サイ。パリの凱旋門とシャンゼリゼ通りをモデルとした。

 

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2020年2月23日

ラツクサーオ、背後に石灰岩の山が見える。

ガイドさんの話として、10数年前、ある日本人、(甲虫屋さん)が道に迷い、10日以上発見されなかったことがあったという。発見された時は、瀕死の状態だった。ヘリコプターで救出され、なんとか助かったとのこと。2千万くらいかかったらしい。

 

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Graphium megarus

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スソビキアゲハ

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タッパンルリシジミ

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Ypthima sobrina

ラツクサーオにはおもしろい話がある。

1967年5月、氷塊に保存された氷河時代の人間という触れ込みで、氷漬けの獣人が見世物として公開された。獣人は「ヒト科に近い未知の生物」と結論づけされ「ミネソタ・アイスマン」と呼ばれるようになった。1966年11月1日の「ワールド・トリビューン」紙の情報によると「ベトナム戦争の最中、米兵が一頭の巨大な類人猿を射殺した。ベトナムには大型類人猿はいないため、未知のもの」と報じていたのだ。時を経て、噂の元をたどり1995年、動物学者の今泉忠明氏が現地ベトナムに足を運んだ。獣人調査隊には、今泉氏をはじめ、山岳登山家、オーストラリアの未確認生物研究者など十数人が参加。同年10月22日にベトナムに向け出発。だが、現地に入ってすぐベトナム政府に怪しまれ軟禁された。理由は、ベトナムにはそのような不思議な生き物はいないとのこと。しかし調査はこれで終わらない。1カ月後、調査隊はラオスのラツクサーオへ向かった。現地では難航を極めたが、ついに目撃証言が得られた。それはラツクサーオからさらに山奥の、ベトナムとの国境沿いにあるパバン村だという。聞き込みを始めると、早速、村の長老が、獣人は昔から村の岩山の洞窟にいたが、戦争で洞窟が空爆されて以来、見ていないという。だから獣人は、死んでしまったか、別の場所へ移動してしまったか。洞窟跡まで、そこから1日以上かかるため断念。調査結果、.現地には、確かに獣人伝説はあったが。存在していたことは間違いないそうだ。ムーより抜粋。

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ラオスのタテハチョウ

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タテハチョウ

Vindula erota

Euthalia Evelina

Pseudergolis wedah

Vagrans egista

Euthalia eriphylae

Elymnias hypermnestra violetta

Cethosia cyane

Charaxes bernardus

Polyura nepenthes

Kallima inachus

Calinaga Buddha

Euploea algea

Eupoea doubledayi

Euploea camaralzeman

Ideopsis vulgaris

Euploea mulciber

Tirumala septentrionis

Euploea radamanthus

Euploea tulliolus

Parantica aglea

Parantica melaneus

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ラオスのシロチョウ

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シロチョウ

Ixias pyrene yunnanensis

Catopsilia Pomona

Appias pandione

Artogeia canidia

Appias indra

Cepora nerissa

Cepora nadina

Appias lyncida

Appias albina

Catopsilia Scylla

Prioneris thestylis

Hebomoia glaucippe

Talbotia naganum

シロチョウの中にカルミモンシロチョウTalbotia naganum混ざっていないか注意した。帰国して調べてみると1頭だけ該当するのがあったが、第1室の黒色円班がなかった為、よく調べてみると季節的変異で、春型は第1室の黒色円班が消失傾向にあるとの事。

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ラオスのアゲハチョウ

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■アゲハチョウ

Graphium megarus

Graphium macareus

Papilio bianor

Pachliopta aristolochiae

Graphium antiphates

Graphium doson

Graphium chironides

Lamproptera curius

Papilio dialis

Papilio noblei

2020年2月22日から28日までラオスのラツクサーオ近辺で採集。フィディアスタイマイは

時期がずれていて、採集できなかった。またラオスジャコウも取り逃がしたりして、採集できなかった。

またキシタアゲハやヘレナキシタはワシントン条約2種のため、ここでは取り扱わない。

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年末年始のモンキチョウとベニシジミ

年末、年始、生き残りのモンキチョウとベニシジミを捜すべき、昨年見つけたモンキチョウのポイントと新たに見つけたベニシジミのポイントを見て回る。正月早々、出会えれば縁起がいい。幸いにも年末年始は快晴に恵まれた。

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20191231日   快晴  気温17℃ 

モンキチョウを昨年と同様、大晦日に発見。 時間 1130分頃

  場所  東大和市清水5丁目付近空堀川、清水大橋の上流 

  去年に引き続き、空堀川の石垣に生えてるコセンダングサの周辺を飛び回っていた。オス同士2頭の絡みも見ることができた

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べニシジミを大晦日に発見。    時間 1230分頃

  場所  東大和市清原4近辺  

  モンキチョウ観察後、その足で、ベニシジミがいるであろう場所に直行、枯れかかったセイタカアワダチソウの咲く団地の一角(写真2)で、発見。幸運にも交尾していた個体の撮影に成功した。

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モンキチョウを元旦2020.1.1に撮影。 時間1330分頃

  場所  東大和市清水5丁目付近空堀川、清水大橋の上流

  昨日、3頭も飛んでいたのが、本日は1頭のみしか発見できなかった。

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202011日  快晴  気温10℃                      

ベニシジミを元旦に撮影。  時間 1230分頃

  場所  東大和市清原4近辺

  今朝の冷え込みでセイタカアワダチソウが枯れてきた。昨日はすぐにベニシジミを発見できたが、本日はなかなか見つけられない。くまなく歩き回りやっと吸蜜しているベニシジミを発見できた。

2020年1月5日まで、モンキチョウおよびベニシジミを連日観察した。

 

 

 

 

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真冬のモンキチョウ

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2019.1.4       モンキチョウ2頭、居るところ撮影に成功。   空堀川、東大和
2頭が絡みながら石垣にとまったので、慌てて撮影。元旦から4日間、連続で晴天。本日が一番、気温が高い。13度。
2019.1.5     本日は3月並みの気温、風もなく快晴。だがモンキチョウは、まったく姿をあらわさない。
2019.1.6、7  昨日に引きつづき姿なし。やはり吸蜜の花が、枯れてきたからだろう。
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2019.1.4   コセンダングサで吸蜜するモンキチョウ    空堀川、東大和
昨日、撮影した同じ個体か?コセンダングサもほとんど枯れてきている。
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2019.1.3     空堀川モンキチョウ生息地
元旦から3日間、モンキチョウを追い続けている。真冬のこの時期にモンキチョウのオス同士の絡みも見れた。いったい何頭いるのか調査したところ3~4頭と思われる。
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2019.1.3   モンキチョウ     空堀川
元旦からずっと良い天気に恵まれ、モンキチョウも連日、見ることが出来、冬という感じがしない。しかし、コセンダングサも枯れ始め、今日は何となくモンキチョウを見れる最終段階に近づいてきた感じがした。
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2019.1.3     モンキチョウ     空堀川、東大和清水
日差しのもとで、日光浴するモンキチョウ。空堀川上流地区など、くまなく歩いたが、 モンキチョウは発見出来なかった。もともと上流地域では春、夏など見たことない。ここから下流の東村山浄水場近辺には多く居るが、現在、花がないので飛んでない。
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2019.1.2       モンキチョウ     空堀川(東大和市清水)
昨日に引き続きモンキチョウを撮影。やはり3頭確認したが、すべて雄。2頭が絡まるシーンが3度ほどあった。12時前後が、一番活発。アキノノゲシの類やコセンダングサの類があるから生きながらえている。花がある200mぐらいの一角がポイント。晴天、気温11度、北風やや強し。
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2019.1.2    アキノノゲシか?
Dsc00924  2019.1.2    コセンダングサか?
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2019.1.1      モンキチョウ     東京都東大和市空堀川
平成31年 元旦 空堀川岸べでモンキチョウ撮影。
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2019.1.1    モンキチョウ    東京都東大和市.空堀川
2頭目のモンキチョウを撮影。もう1頭目撃。
本日は正月元旦、快晴、風弱く気温も12度。朝は氷が張るぐらい冷えた。やはり花が、まだ残ってるので成虫でいられるのだろう。。モンキチョウは寒さに強い。アンデスの4、000mの高山やカザフスタ高地などモンキチョウの仲間がいる。平成12年にはベニシジミを1月3日まで観察した。このときはセイタカアワダチソウが残っていた。
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2018.12.17     モンキチョウ    空堀川
朝はまだ雨だったが昼前から晴れだし、気温も上がった。 14度。
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2018.12.17    モンシロチョウ    空堀川Dsc00857jpg1
2018.12.17    ヒメアカタテハ     空堀川
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2018.12.17    ベニシジミ     空堀川
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2018.12.17    ツマグロヒョウモン    空堀川
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2018.12.17     空堀川

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マダガスカルの蛾,.ニシキオオツバメガ

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2018.1.25    アンテリナ スラカ   Antherina suraka Boisduval
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2018.1.25       アポロヤママユ     Ceranchia apollina Butler
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2018.1.25      ニシキオオツバメガ  Chrysiridia madagascariensis Less
 
蝶、蛾を含めて、最も華麗で、豪華な色合いをしている。年間を通して見られるが、最も多いのは5~7月らしい。日中はかなり活発に飛び日没まで飛ぶ。
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2018.1.25     マダガスカルオナガヤママユ  Argema mittrei Guerin Meneville
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2018.1.25      マダガスカルオナガヤママユの繭
尾を含めての全長にかけては、マダガスカルオナガヤママユ.に勝る鱗翅類はいない。
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2018.1.21       不明種 蛾
フォートドーファンの空港待合室で、飛び回ってたものを手づかみしたもの。
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2018.1.21  フォートドーファンの空港待合室
この広場で、スーツケースをあけ、蝶採りの準備を整えた。
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1、 アンティノールオオジャコウPharmacophagus Antenor Drury

2、 オスジロアゲハPapilio dardanus merriones Felder

3、 オリバズスルリアゲハPapilio oribazus Boisduval

4、 マダガスカルオナシアゲハPapilio erithonioides Gross-Smith

5、カワリタテハモドキJunonia andremiaja Boisduval

6 ヘリグロコノハタテハモドキPrecis enrodoce

7.ヘリグロキマダラタテハByblia anvatara Boisduval

8Phalanta madagascariensis  Mabille

9Heteropsis drepana

10、クロボシホソチョウAcraea dammil Vollenhaven ♂ 

11、クロボシホソチョウAcraea dammil Vollenhaven

12、アクラエア・エンケドンAcraea encedon Linne 

13Acraea zitja Boisduval

14Acraea eponina cramer

15Charaxes zoolina zoolina

16、シンジュタテハProtogoniomorpha parhassus

17、アフリカタテハモドキJunonia oenone epidelia Boisduval

18、カバマダラDanaus chrysippus

19、アカマルバネモンキタテハAterica rabena Boisduval

20、マダガスカルタテハモドキJunonia rhadama Boisduval

21、アフリカクロタテハモドキJunonia stygia

22Belenois grandidieri Mobille

23Belenois zochalia agrippinides

24Belenois antsianaka

25Belenois mabella Crose Smith

26-Eurema brigina brigitta♂、

26-2 Eurema brigina brigitta

27Eurema desjardinisi Boisduval

28Belenois grandidieri Mobille

29Colotis guenei mobille

30Colotis guenei mobille

31Colotis zoe Grandidier

32Colotis zoe Grandidier

33Colotis evanthe Boisduval

34Colotis  calais cramer

35Colotis  calais cramer

36、ハダカムラサキHypolimnas dexithea Hewitson

37、マダガスカルマルバネタテハEuxanthe madagascariensis

38Charaxes cowani Butler

39、アンダラフタオチョウCharaxes andara Ward上♂、下♀

40Graphium cyrnus

41、マダガスカルオナガヤママユArgema mittrei

42Graphium endochus

43、学名不明

44Chrysiridia rhipheus

45、学名不明

46、アポロヤママユCeranchia apollina

 

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マダガスカル カメレオン

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2018.1.24    カメレオン
蝶を追いかけまわしている我々には、カメレオンを見つけるのは至難の業。
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2018.1.23      バオバブの実
本来この地区にある果物といえば、このバオバブの実ぐらいらしい。
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2018.1.24   若者たち
Dsc00409jpg1  2018.1.23   バンガローの食事処
ある日、物々しい警戒網がしかれた原因は、マダガスカルの元大統領が側近と共にこのバンガローにやってきたためと判明した。我々一同は、夕食時、紹介され、ワインの差し入れを受けた。
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2018.1.25   バニラを売る村人
道路沿いで、バニラを売っている村人を車中から撮影。
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2018.1.25     学校に行く子供達
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2018.1.21       マダガスカルの風景
小高い丘にはこのような建物が立ち並び、ホテルなどもこの一角にあり、道路渋滞が激しい。
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2018.1.21       マダガスカルの街中
大渋滞。
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2018.1.26     マダガスカル、アンタナナリボの共同水場
洗濯をしたり、水汲みにくる。
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2018.1.26   アンタナナリボの河川敷に洗濯物を干している。
カラフルできれい。
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2018.1.26      アンタナナリボからモラマンガへ続く線路
線路上で遊ぶ子供。蝶の数、種類共、少ない。
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2018.1.26   モラマンガ
ホテルのベランダから撮影。
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2018.1.27     モラマンガからアンタナナリボへの道中    
大量の炭を買う、アンタナナリボ市内では値段が高いとのこと。家庭ではガスの代わりとして使う。
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2018.1.27    セルジュとツーショット写真

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マダガスカル ベレンティー保護区

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2018.1.22    フォートドーファンからベレンティー
 
フォートドーファンからベレンティーまでは約90kmだが、道路はデコボコ。ノロノロで蛇行運転。5時間はかかる。ベレンティーに近づくにつれ、乾燥地帯に突入する。
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2018.1.22   ベレンティー保護区
 
ここからはフランス人オーナーの私有地
ベレンティー保護区
 
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2018.1.23      ベレンティー近郊
乾燥地帯にはウチワサボテンがびっしり。このサボテンは南米から入ってきたものという。バオバブの木は一見、見当たらない。
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2018.1.23    ベレンティー
サイザル麻畑も広がる。
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2018.1.23     ベレンティー 
ツマアカシロチョウはアフリカを中心に発展している。
 
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2018.1.23      Colotis amata calais  
左♂  右♀ 
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2018.1.23        colotis zoe
なんともきれいな色合いだ。
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2018.1.23        colotis zoe 左♂  右♀
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2018.1.23  Colotis evanthe   

可愛くて、いい蝶だ。
Dsc00420jpg12018.1.24   Colotis  guenei
この蝶は特定の場所しか見られなかった。

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2018.1.23     Colotis guenei
左♀、右♂

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2018.1.22         シファカ     ベレンティー保護区
横っ飛びのキツネザル。乾燥地帯でありながら、ここは一年中、緑に覆われている。大部分はタマリンドの森。
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2018.01.22    ワオキツネザル    ベレンティー保護区
ここにいるワオキツネザルは人に慣れているせいか朝食時にパンなど盗みにくる。現地の人は我々が食事中、ワオキツネザルを追い回すのに忙しい。

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マダガスカル アンティノールオオジャコウ

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マダガスカル   2018.1.19から29日まで10日間の蝶採集紀行

 

マダガスカルはそのほとんどが南半球の熱帯にある。だらだらと続く高原丘陵の島である。面積は日本の1.6倍。

マダガスカルはグリーンランド、ニューギニア、ボルネオにつぐ世界第4の島。

大昔、3億年前の古生代から1億年前の中生代にかけて南半球に存在した超大陸、ゴンドワナ大陸の.中心部がマダガスカルらしい。

マダガスカルは1億6千万年前にアフリカ大陸から離れた。

マダガスカルに生息している動植物の75%が固有種。

カメレオンは世界のカメレオンの発祥の地とも言われる。哺乳類はレムール類、キツネザルが特殊な発展をしている。

蝶や蛾のうち233種は固有種だといわれている。ウォーレスの動物地理区では、アフリカ全土とマダガスカルは熱帯アフリカ区(エチオピア区)となっているが、マダガスカル区とすることもある。

雨期は11月から4月まで。首都、アンタナナリボは盆地にあるので、周囲から水が集まり稲作が盛んである。

マダガスカルには、今から約2,000年前に人類がやってきた。

マダガスカルの民族はアフリカ系、マレー系、部族は18、言語はマダガスカル語、フランス語、宗教はキリスト教、伝統宗教、イスラム教。首都はアンタナナリボ。アンタナナリボの女性達は黒人だが髪がストレートで長い人が多かった。. 日本との時間差は6時間。

16世紀後半、フランス人によって植民地化されたが、1960年に独立。通貨はアリアリ。1US$=約3,000アリアリ。

マダガスカルには、エピオルニスという、ダチョウの2回りぐらい大きい鳥がいた。卵は33cmぐらい。17世紀まで生息していた。ニュージーランドにもやはり、15世紀までいたといわれるジャイアントモアがいて、エピオルニスより若干大きい。

 

201711月当時、在マダガスカル、日本大使館のペストに関する注意情報が、出されていて、首都アンタナナリボでも肺ペストの死亡例が、増加しており、外出時にはマスク着用するなど注意喚起されていた。

WHOによれば、20178月から10月下旬にかけて1,800人が感染、127人が死亡。ところがアンタナナリボに着いた際、日本語通訳に聞くと、11月には終焉宣言が出ていたとのこと。

ただ、フォートドファンへの国内線乗り場では、体温検査を実施していた。

 
Dsc00343  モーリシャスの港
 

日本からマダガスカルへの直行便はないので香港でモーリシャス航空に乗り換え、モーリシャス経由でマダガスカルにいかねばならない。

モーリシャスはヨーロッパ人の憧れのリゾート地である。1月から2月には、しばしばサイクロンが訪れる。

香港へは羽田からキャセイパシフィックで約5時間。香港からモーリシャス航空に乗り継ぎしなければならないが、サイクロンの影響で飛行機がこない。

そのため、香港で1泊することになった。翌日、16時に飛行機が飛ぶというので、それまでのんびりホテルで過ごさねばならなかった。香港の空港ではアカネシロチョウが飛んでいた。

                             

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モーリシャスの風景
 

香港からモーリシャスまで約9時間。だが、モーリシャスに着くと、またサイクロンの影響で、飛行機が飛ばない。仕方なくモーリシャス航空指定のホテルでもう1泊。

モーリシャスでは早朝、フライトまで時間があったので、ホテル近辺の草地を歩いてみたが、目ぼしい蝶はいなかった。採集は禁止されている。

モーリシャスからマダガスカルまでは約1時間のフライト。

モーリシャスには、すでに絶滅してしまった巨.鳥ドードーがいた。空をとべないので食用にされてしまった。1680年までいた。

日本との時間差は5時間。モーリシャスの民族構成は68%がインド系、宗教もヒンドゥー教がしめているため、モーリシャス航空の機内食にはビーフという選択はない。チキンとフィシュのみ。

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2018.1.22     マダガスカル、アンタナナリボから国内線でフォートドーファンへ

 

マダガスカル南部に位置するフォート・ドーファンはアンタナナリボから国内線のプロペラ機で1時間15分。ベレンティー保護区はフォート・.ドーファン(タウランニャロ)から西へ88km。道路は穴ぼこだらけで車は遅遅として進まない。5時間はかかる。ベレンティー保護区一帯はサイザル麻畑の農園主のフランス人の私有地。広大なサイザル麻畑とマンジャレー川に挟まれるように位置し、乾燥地帯でありながらも1年中緑に覆われた場所で、大部分はタマリンドの森。ここにワオキツネザルやシファカが生息している。ここにいるキツネザルは人間になれているのでバンガロー周辺や食事中にパンなど盗みにくる。現地の人は我々が食事中、キツネザルが、盗みをしないよう追い回していた。サイザル麻は、ほとんどがヨーロッパに輸出されている。バッグ、マット、ロープになる。

 

 

 

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2018.01.22      フォートドーファンからベレンティーへ
 
マダガスカルの牛は皆、コブがある。コブのない牛は、ヨーロッパやアジア北部にいるが、コブのある牛は、アフリカ、南アジア、東南アジア、西アジア、に分布する。ラクダと同じくコブに脂肪を蓄え、耐暑性があり、病気に強い。人間が連れてきたものと思われる。コブ牛の背中に乗った子供を見かけたこともあった。
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2018.1.22    フォートドーファンからベレンティーへ
 
こんな草原でアンティノールオオジャコウを見かけると、全員、車から飛び出し、われ先にと、追いかける。
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2018.1.22        マダガスカルオナシアゲハ     ベレンティー
 
アフリカンオナシアゲハは1年中見られるが、マダガスカルオナシアゲハは11月から4月だという。またマダガスカルには尾錠突起の付いた、固有種のオナシアゲハがいるという。
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2018.1.22         芳香性の常緑樹、ユーカリの木
 
アンティノールオオジャコウは、よい香りのするこのユーカリに集まると言う。
 
 
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2018.1.22     フォートドーファンからベレンティー
 
蝶採集を見学していた子供達、人なつっこく、かわいい。皆、はだし。
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2018.01.22        アンティノールオオジャコウ
 
途中、車が進むにつれて湿気の多い森林地帯から乾燥地帯へと次第に景色が変わっていく。蝶がいそうなところで車を止めて採集する。道路沿いなので現地の子供も多く、我々が蝶を取り逃がすと大喝采を浴びる。マダガスカルオナシアゲハPapilo erithonioidesやホソチョウが類が飛ぶ。アンティノールオオジャコウPhamacophagus antenorも道路沿いで採集する。
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2018.01.22      アンティノールオオジャコウ
 

アンティノールオオジャコウは高所を飛ぶことが多いので、長竿は必需品。ここで3頭、採集。アフリカ本土にはジャコウアゲハは生息しない。ウマノスズクサが数種しか繁栄していないのが原因といわれている。アンティノールオオジャコウの食草はウマノスズクサの1種だったり、シクンシ科の植物やハマビシ科の植物との情報もある。アンティノールオオジャコウはマダガスカルで11種のジャコウアゲハで、インドのベニモンアゲハに近い、まだ南米のナンベイジャコウ属にも近い。想像するに大陸がかたまりであったパンゲア大陸時代に起源があるのかもしれない。大陸が分裂して南半球にゴンドワナ大陸が形成され、更に分裂し、マダガスカルが孤立すると、そこで独自の進化をしたと考えられる。

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オレンジオオキチョウ  フレンチギアナ

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2017.11.26      オレンジオオキチョウ     フレンチギアナ
高所を飛び、かつ早い。
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2017.11.26     ナンベイウスキシロチョウ    フレンチギアナ
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2017.11.26     ムカシキチョウ      フレンチギアナ
かなりちいさい。クロテンシロチョウより小さいが、この蝶は明るい場所にいる。
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2017.11.            ナンベイトガリシロチョウ      フレンチギアナ
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2017.11.24    ミツオビタテハ     フレンチギアナ
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2017.11.26      ミドリタテハ       フレンチギアナ
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2017.11.25     アカヘリタテハ    フレンチギアナ.
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2017.11.24      キオビイチモンジ     フレンチギアナ
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2017.11.25      別種どうし、戯れていた。     フレンチギアナ
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2017.11.25     ナンベイタテハモドキ     フレンチギアナ
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2017.11.23     ベニオビタテハ     フレンチギアナ
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2017.11.23      ウスベニタテハ      フレンチギアナ
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2017.11.26     マエモンジャコウ     フレンチギアナ

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ムラサキのシジミチョウ  フレンチギアナ

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2017.11.24    オオルリフタオシジミ     フレンチギアナ
 
この蝶はカカオ地区でりりーさんから、プレゼントされたもの。嬉しかったです。
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2017.11.24      テクラストレフォン     フレンチギアナ
カカオ地区で採ったもの。
 
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2017.11.24    ガブリエラクジャクシジミ    フレンチギアナ
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2017.11.24      M.menander purpurata     フレンチギアナ
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2017.11.24      Olynthus spl        フレンチギアナ
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2017.11.24       Calytryma puppius        フレンチギアナ
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2017.11.24    左 Arawacus separata  右 Punthiades phalerou    フレンチギアナ
 
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2017.11.25    T.irenea belides        フレンチギアナ
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2017.11.25    不明種     フレンチギアナ
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2017.11.26        オナガセセリ      フレンチギアナ
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2017.11.26          不明種       フレンチギアナ
 

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 エウゲニアモルフォ  フレンチギアナ

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2017.11.20~26      エウゲニアモルフォのポイント

 

 

 

 

フレンチギアナに滞在中、毎朝、日数でいうと7日間、4時半に起き、5時半に中庭に集合。まだ、真っ暗なため、全員、懐中電灯を照らし山に分け入る。各自、これはと思うポイントでエウゲニアモルフォの出現を待つ。このモルフォは空が若干白み始める、6時から6時15分の、たった15分の間しか飛ばない、もっと言うと6時7分前後が採集のチャンスだ。明るくなると、まったく飛ばない。いきなり暗い森から飛び出す様は、キラキラ光り、この世のものとは思えない。高所を早く飛ぶので非常に採りにくい。結局、私は採れずじまい。

 

 

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2017.11.24    エウゲニアモルフォ     フレンチギアナ

 

 

 

7日間、毎日、通ったが採集するのはむつかしい。

 

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2017.11.25       フタスジフクロウチョウ     フレンチギアナ

 

 

 

 

エウゲニアモルフォの代わりにこのフクロウチョウが採れた。でかい。

 

 

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2017.11.22        メネラウスモルフォ      フレンチギアナ

 

 

 

 

今回はメネラウスモルフォの発生時期にあたり、多く、見られた。

 

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2017.11.25        ヘレノールモルフォ     フレンチギアナ

 

 

 

 

カカオでは数が多い。

 

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2017.11.25         デイダミアモルフォ       フレンチギアナ

 

 

 

 

採れたのはこの一匹のみ。

 

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2017.11.25      デイダミアモルフォ     フレンチギアナ

 

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2017.11.25   レテノールモルフォ     フレンチギアナ

 

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2017.11.21     テレマックスモルフォ      2017.11.21

 

 

 

 

このテレマックスモルフォも最盛期だった。

 

 

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201711.25      感じのいいラオス人夫婦     フレンチギアナ カカオ

 

 

 

 

すごくフレンドリーで、さばけてるし、サービス精神旺盛。テオさんとリリーさん。モルフォも彼らにかかると100%落ちる。

 

 

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2017.11.18~11.28      フレンチギアナ

 

 

 

夕食の時は毎回このビール(グアダルーペ)で乾杯。冷えていてうまい。

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毒蝶 フレンチギアナ

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2017.11.22        H.numata f.melanops        フレンチギアナ
 
毒蝶の食草はトケイソウ科でアルカロイドを含んでいるため、天敵である鳥や爬虫類から敬遠されている。
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2017.11.22     エラードドクチョウ     フレンチギアナ
 
熱帯アメリカの大陸部では、毒蝶やその擬態種が繁栄している。
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2017.11.21     エラードドクチョウ    フレンチギアナ    
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2017.11.22     トラジマスカシマダラ    フレンチギアナ
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2017.11.22     アンチオクスドクチョウ    フレンチギアナ
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2017.11.21     サラドクチョウ    フレンチギアナ
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2017.11.22        ドリスドクチョウ     フレンチギアナ
 
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2017.11.23       L.pasinuntia pasinuntia       フレンチギアナ
 
名前が特定できないのは、Bernard D'Abrera 図鑑から引用。
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2017.11.23    H.numata f.melanops       フレンチギアナ
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2017.11.24     Oaegle            フレンチギアナ
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2017.11.22     ヒメチャイロドクチョウ      フレンチギアナ
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2017.11.24    P.dido             フレンチギアナ

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フレンチギアナのリボンヤママユ

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2017.11.25     リボンヤママユ(蛾)    フレンチギアナ
夜中の1時ごろ、眠れないのでロッジの外に出てみると、外付けの電灯にリボンヤママユが舞ってた。大慌てで部屋に戻り、ネットを持って飛び出したが、時は遅し、逃げられてしまった。必ず戻ってくると思い、待ち続けること40分、とうとう現れた。その飛んでる姿は、天女の羽衣のように、幻想的で美しく、魅惑的だった。モルフォを捕えた時より感動した。
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2017.11.25       リボンヤママユ    フレンチギアナ
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2017.11.23         夜間採集      フレンチギアナ
黙々と準備しているエストニア人のケリーさん。人っ子一人いないジャングルのなかで、20歳そこそこの女性が、ただ1人で働いている。怖くないのか?
 
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2017.11.27     メダマヤママユ(蛾)     フレンチギアナ
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2017.11.25      アクティオンゾウカブト      フレンチギアナ
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2017.11.23       電灯に来たセミ   フレンチギアナ
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2017.11.24     でかいバッタ     フレンチギアナ カカオ
カメラを近づけても逃げなかった。
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2017.11.24      カマキリ      フレンチギアナ カカオ
草むらにいると見つけにくい。
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2017.11.24       巨大なイトトンボ       フレンチギアナ カカオ
イトトンボのくせに尻尾がやけに長い。
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2017.11.26     トイレの天井付近にいたヤモリ    フレンチギアナ
意外と臆病。
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2017.11.21      クモ      フレンチギアナ
クモは嫌いのせいか、あえてタランチュラなど探さなかった。ただこれはエストニア人のケリーさんが見つけたので、恐る恐る撮影した。

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フレンチギアナでの生活

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2017.11.18~11.28    南米のフレンチギアナ
インチョン(韓国)経由パリまで行く。機内食5回でる。うんざり。シャルルドゴール空港から国内線ターミナル・オルリー空港まで約1時間。パリ近郊20㎞までは高速道路料金は無料。オルリー空港近くのヒルトンホテルで1泊。翌朝5時半朝食。オルリー空港からフレンチギアナのカイエンヌまで9時間。なぜか大型機が満席。搭乗時間24時間。カイエンヌから車で45分のところに我々の宿泊先、フロレマゾンのロッジがある。部屋の並びに外付のトイレと温水シャワールームがある。

 

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2017.11.19 幹の枝から、実を沢山つけてる木

 
不思議な実のつけ方である。ここフレンチギアナは漁業、木材、金採掘、農業などで、あたり一帯ジャングル地帯である。赤道に近いにもかかわらず夜はすずしい。扇風機などいらない。蚊もいないようだ。

 

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2017.11.19    番犬だがおとなしい
犬に神経を使うことはなかった。頭がよさそうだ。ここフレンチギアナはEUの宇宙へのロケット発射基地があり、また昔のアメリカ映画マックウイーン主演、パピオンの舞台でもあった。

 

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2017.11.19      仲間との朝食の風景
朝食の定番メニュー、.フランスパン、バター、ジャム、フレッシュジュース(自分で機械を操作して絞る)、スクランブルエッグ、かりかりベーコン、ヨーグルト、ココア(コーヒー)。海外採集旅行に来て、ここまで充実した朝食ははじめてである。さすがフランス。フレンチギアナはフランスの海外県という位置付け。

 

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2017.11.20    ロッジの食堂裏に生えてるガバァの木
夕食を食べているとコガネやカブトが飛んでくる。

 

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2017.11.20     ガバァの実
食事の世話をしているブラジル人奥さんに、この木の実は何か聞いたところ、食べてみなさいと言うので試食させてもらった。フレッシュで甘み強くうまかった。

 

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2017.11.21      フロレマゾンのロッジにて
感じの良い人達で、食事を用意してくれてるブラジル人。滞在中、すべての料理はA級。前菜、メイン、デザートすべて完璧。海外に来てこんなことははじめて。大満足。

 

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2017.11.20
夕食は前菜にカボチャのスープ。メインに鳥とジャガイモ、ニンジン、タマネギ、インゲンの煮込み料理。デザートにガバアの乗ったパイ。程よい甘さで申し分なし。ビールはグアダルーペ(島名)という、缶ビールだがよく冷えていてうまい。ビールは帰りに一括払い。

 

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2017.11.19     エストニア人のケリーさんとのツーショット
ケリーさんはエストニアから1年契約で自然を学びに来ている学生さん。総勢8名のうち4名が、この車で近場のポイントに案内してくれた。後日、蛇の抜け殻を発見したケリーさん、私も財布の中に青大将の抜け殻をいれていたので、公開したところ、喜んでくれた。

 

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2017.11.19      メネラウスモルフォ
この時期、丁度メネラウスモルフォの時期で数多く見られた。上下動の激しい動きをするため、横からネットを振ると必ず逃がす。下から上に向かってネットを振る。

 

 

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ロシア ダルネゴルスクで蝶採集

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2016.7.23   ウラジオスットク郊外
夕暮れ時、手付かずの茫々たる草原に立つと、我を忘れて何か懐かしさを感じる。うら悲しい響きのあるロシア民謡が聞きたくなる。
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2016.7 23   コヒョウモンモドキの仲間   ウラジオスットク郊外
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2016.7.23   Melanargia epimede epimede       ウラジオスットク郊外
ダルネゴルスク途中の草原にて。
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2016.7.19       Thersamonolycaena dispar   ♀   ダルネゴルスク
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2016.7.20   ダルネゴルスク  
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2016.7.20    ダルネゴルスク
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2016.7.19     ダルネゴルスク
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2016.7.18      ダルネゴルスク
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2016.7.18     ダルネゴルスク
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2016.7.19   ダルネゴルスク
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2016.7.21     ダルネゴルスク
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2016.7.21    ダルネゴルスク
 

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ロシア ダルネゴルスクのシベリア虎

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2016.7.18    ダルネゴルスク
ウラジオストックから北東ヘ300kmにある水晶など鉱物資源で有名。このシベリア虎の銅像はダルネゴルスクの象徴でもある。またウスバキチョウの産地でもある。今回はこのウスバキチョウを狙う。

 

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2016.7.24    ウラジオストク駅
ウラジオストク駅構内に飾られていた小学生が書いた絵。

 

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2016.7.18      ダルネゴルスクの街並み
ウラジオストックから、ここダルネゴルスクまで車で7時間。ここを拠点にウスバキチョウやオオアカボシウスバを狙う。泊まったホテルはエレベーターはなく5階までスーツケースを運び上げなくてはならなかった。そして各階の最終段が3㎝高くなっており、つまずいてしまう。ちょっと日本では、考えられない。

 

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2016.7.19         ダルネゴルスク
川筋に広がる草原でウスバキチョウを探したが、まったくいない。昔はいたこともあったらしいが?当てにならない。また数日おいての本命の場所に行ったが、影も形もなかった。2化の発生が今年は遅れているらしい。

 

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2016.7.19      シロモンコムラサキ Mjmathyma schrenckii   ダルネゴルスク

 

大きさはオオイチモンジに匹敵する。川筋に多くみられた。いい蝶だ。手応え十分。

 

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2016.7.19      チョウセンコムラサキ  Apatura iris amurensis   ダルネゴルスク

 

この蝶も川筋に多い。この川筋には人糞が多く、車を止めてやってしまう。トイレなどインフラがまったく整ってない。小高くなった道路の駐車スペースは、一面、人糞だらけで異様だ。

 

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2016.7.19     タイリクコムラサキ  Apatura ilia ilia  河原で吸水    ダルネゴルスク

 

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2016.7.19   イチモンジチョウの仲間   河原で吸水    ダルネゴルスク

 

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2016.7.19   オオアカボシウスバがいた岩山.下にも降りてくる。

 

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2016.721      オオアカボシウスバ  Parnassius nomion  ダルネゴルスク

 

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2016.7.21      この岩山でアカボシウスバとオオアカボシウスバを狙う。斜面がきつい。アカボシウスバは、このガレキの山の上に多い。

 

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2016.7.21     アカボシウスバ  Parnassius bremeri  上♂ 下♀

 

岩山に舞う。

 

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2016.7.21      Melanargia epimede epimede     上♂ 下♀

 

昼食の弁当は、鮭のフライとミニトマト2つのみ。次の日は鳥のフライと野生のリンゴ。パンなどなし。昼飯食うひまあれば、ネットを振る。

 

 

 

 

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ロシア蝶採集紀行

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2016.7.17   ウラジオストクの街並み
今回の目的はウスバキチョウとオオアカボシウスバの採集だ。この採集旅行に先立ち、ダニ対策のため、急きょ思い立ち品川のクリニックで、7月8日ワクチン接種を行った。抗体が出来るのが約2週間先だが、接種したほうがいいに決まっている。重傷の脳炎にかかるからだ。刺されてから3~4日立ってから接種しても無駄。現に仲間の4人が刺された。ウイルスが入ってないことを祈る。抗生物質が効かず死に至る。

 

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2016.7.17     ウラジオストック
なかなか綺麗な町だ。

 

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2016.7.24    ウラジオストク駅
帰国の日、朝一で市内観光

 

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2016.7.24       ウラジオストク駅
シベリア鉄道の起点。線路の幅が新幹線より広い。車両もバカでかい。

 

 

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2016.7.24     ウラジオストク駅
駅構内に展示されていた汽車。

 

 

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2016.7.7.24
ウラジオストク駅の向こうは、海。冬も凍結しない。

 

 

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2016.7.24

 

 

ウラジオストクは大した産業はないが、軍港や漁業、町も決してさびれた印象はない。帰国の際、チェックカウンターで採集してきた蝶すべてを没収されてしまった。どうもロシア人コンダクターが、胸を張って採集許可証を持っていると言ったため、スーツケースを開けるようにいわれてしまった。モスクワで発行された許可証なんぞ、ここウラジオスットクでは役に立たないと言ってたようだ。数日後、回収した。

 

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2016.7.24

 

 

ウラジオストックのお土産さん付近で、観光客相手に愛想を振りまくモデルさん。ロシア美人。

 

 

 

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近辺の蝶第三弾

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2017.09.03    東大和   ムラサキツバメ
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2017.09.03    狭山公園   イチモンジチョウ
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2017.09.03    狭山公園    ナガサキアゲハ
残念ながら、メスのナガサキアゲハの写真は撮れなかった。
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2017.09.03          狭山公園    ムラサキシジミ
ムラサキシジミは少ない。最近見かけたのはこの1頭のみ。
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2017.9.9      ツリフネソウ    狭山公園
湧き水の近くに生える。
 
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2017.9.9      アカボシゴマダラ    狭山公園
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2017.9.10    コミスジ    狭山公園
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2017.9.18      ウラギンシジミ    狭山公園
吸水中の秋型ウラギンシジミ。
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2017.9.24       すずかけの木   狭山公園
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2017.10.01     イヌサフラン    東大和
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2017.10.01    ジョロウグモ   東大和
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2017.10.01     キマダラカメムシ    東大和
多摩虫の会から情報もらいました。自宅庭で撮影。
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2017.10.7       アカタテハの蛹     東大和
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2017.10.8    アカタテハ     東大和
羽化したてのアカタテハ
 
 

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近辺の蝶 第二弾

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2017.9.10    ヤマボウシ    2017.9.10実は食べられるが、美味しくない。
 
 
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2017.9.10       キタキチョウ   狭山公園
 
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2017.8.24    多摩湖
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2017.8.24  狭山公園   アカボシゴマダラ
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2017.8.24  東大和    ムラサキツバメ
いい個体の撮影が出来ない。
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2017.8.24  東大和   ダイミョウセセリ
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2017.8.26    所沢    キタテハ
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2017.8.26    所沢    ベニシジミ
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2017.8.26    所沢    ジャコウアゲハ
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2017.8.26    所沢    ホソオチョウメス
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2017.8.26    所沢    ホソオチョウオス
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2017.9.01         東大和   ツマグロヒョウモン
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2017.9.01    東大和    ウラナミシジミ
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2017.9.01   東大和     アゲハチョウ
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2017.9.01    東大和     アオスジアゲハ
 

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近辺の蝶など第一弾

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2017.8.12  東京東大和市 空堀川
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2017.8.13   山梨県 一ノ瀬    キバネセセリ
キベリタテハが見られない。以前、かなりいたエルタテハもいない。
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2017.8.13   オオマツヨイグサ    梨ケ原
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2017.8.13   ヤマキチョウ    梨ケ原
近年、かなり少なくなった。

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2017.8.13       ヒメシロチョウ     梨ケ原
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2017.8.20      東大和   イチモンジセセリ<
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2017. 6.15     檜原村   オオカギバ
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2017.6.15    ミスジチョウ    檜原村
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2017.8. 8.22        八ヶ岳唐沢鉱泉
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2017.8.22   キベリタテハ    八ヶ岳唐沢鉱泉
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2017.8.22    八ヶ岳唐沢鉱泉
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2017.8.27    テングチョウ    狭山公園
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2017.8.27     狭山公園
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2017.8.27   狭山公園
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2017.8.27   狭山公園
笹山におおわれているので蝶は少ない。

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カメルーン、センザンコウ、シロテンウスキタテハ、シンジュタテハ

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2016.2.1     センザンコウ     クリビ

ピグミーの森(写真撮影禁止)を抜け、平坦なジャングル地帯で採集を行う。センザンコウは、この後、火で焼かれ食べられてしまう。マイクロバスを止めて撮影。もちろん、撮影OK.

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Cymothoe oemilius oemilius     2016.1.28    Limbe,Cameroun

大型のこの蝶は、飛んでる姿が目立つため、他の蝶を差し置いて、なにがなんでも捕らえてやろうと頭に血がのぼる。

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2016.2.1     Hypolycaena liara liara          Kribi,Cameroun   

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2016.2.1            Phalanta eurytis eurytis         Kribi,Cameroun

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2016.2.1     Kribi,Cameroun


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2016.2.1          Sevenia pechueli sangbae      Kribi,Cameroun

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2016.2.1        Graphium illyris illyris       Kribi,Cameroun

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2016.2.1       Lachnoptera anticlia     Kribi,Cameroun

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2016.1.27     Nepheronia argia argia     Limbe,Cameroun

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Hupolimnas anthedon anthedon    2016.2.1.  Kribi,Cameroun

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Amauris damocies     2016.1.27     Limbe,Cameroun

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Protogoniomorpha parhassus       2016.1.28    Limbe,Cameroun


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Cymothoe ogova    2016.1.28    Limbe,Cameroun

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2016.1.28       Euphaedra    harpalyce  harpalyce    Limbe,Cameroun


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2016.1.28   Hypolimnas saimacis saimacis     Limbe,Cameroun

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2016.1.27     Elymniopsisbammakoo bammakoo    Limbe,Cameroun


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2016.1.30           Kallimoides rumia rumia    Kribe,Cameroun

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2016.1.28    Junonia cymodoce cymodoce      Limbe,Cameroun


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2016.1.28      Antanartia delius delius    Limbe,Cameroun





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2016.2.2   Kribi、Cameroun

特に、親しいわけではないが記念撮影。

エボラ出血熱

丁度、我々がアフリカに向けて旅立つ頃、、エボラ出血熱の終息宣言が出たが、そもそもカメルーンでは、エボラは発生していない。

税関

カメルーンから出国の時、手荷物検査の際、突然カーテン付きの狭い個室に入れられ、財布の中身を検査された。カメルーンの通貨はもちろん、米ドル500以上持ってた人は全員、没収されてしまった。500ドル以下は見逃してくれた。どんなに騒いでもダメ。

橋の警備

橋のたもとでトイレ休憩し終えて、出発したところ、銃器をもった警備員が走っている我々のミニバスに飛乗って来た。写真撮影しただろうと、すごい剣幕で言いがかりをつけられた。これには皆ビビった。

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カメルーン、ザルモキスオオアゲハとヒイロタテハ

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2016.1.31   

朝6時半、朝食。7時15分、出発。予定どうり、すべて定刻。気持ちが、すこぶるよい。ただ、目的地に着く途中、何度も、同じ場所で検問に引っかかった。検問の人が、交代制だからか?そのたびにすったもんだする。ある時は、車にそなえてある消火器に、いちゃもん付けられた。

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2016.1.31      ザルモキスオオアゲハ      クリビ、カメルーン

最初は頭上高く飛んで来たの見るなり、一目で本種であること認識。戦闘態勢に入ってなかったのに加えて、慌ててネットを振ったため取り逃がした。あきらめたところ60m位先で、ウロウロ下に降りてきたのを見て、猛ダッシュ、ネットを5回ぐらい振ったがゲット出来ず。またもや取り逃がす。もうダメと完全にあきらめたが、ここで奇跡が起きた。なぜか私の居る方にとんでくるではないか。ブルーネットが効力発揮したか?ここでゲット。ドルーリーオオアゲハと共に、アフリカを代表する蝶だ。稀である。

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2016.1.31        Papilio zalmoxis      kribi,Cameroun

毒をもつ。

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2016.1.31     

ザルモキスオオアゲハを捕えた私。後方は島谷さん。

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ヒイロタテハ    2016.1.30    リンベ、カメルーン

トラップに来たヒイロタテハ。トラップには、フタオチョウなど、結構、蝶が来た。見張ってる間、大量のブヨに悩まされた。トラップは、仕掛けどころがある。

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Cymothoe ogova     2016.1.30     Kribi,Cameroun


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Charaxes zingha      2016.1.30    Kribi,Cameroun

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Cymothoe indamora        2016.1.30      Kribi,Cameroun


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2016.1.30     Kribi,Cameroun

水溜りで吸水するPapirio
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Papilio menestheus menestheus     2016.1.27   Limbe,Cameroun   

完品でうれしい。

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Papilio hesperus hesperus     2016.1.27   Limbe,Cameroun

アゲハ全般、完品が多かった。

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Graphium policenes     2016.1.28      Limbe,Cameroun

 
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Leptosia alcesta alcesta       2016.1.26     Limbe,cameroun
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Leptosia nupta nupta      2016.1.30     Kribi,Cameroun

マルガタシロチョウだと、思ったが、どうも違うようだ。


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Nepheronia thalassina thalassina オス    2016.1.31     Kribi,Cameroun

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Nepheronia thaiassine thalassina  メス     2016.1.31       Kribi,Cameroun

大型で黄色が目立つので、採集には、力が入る。

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ヤママユの仲間     2016.1.27   Limbe,Cameroun

夕方、ホテル敷地内にフワフワ飛んできたのを確認。急いでネットの準備をしてゲットした。

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カメルーン 、ルリアゲハ、オスジロアゲハ

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2016.1.27

移動途中、路上で昼食用、パイナップルとスイカを買う、おめかししたシャンテルさん。昼食のメインは鳥だが、もうすでに、ピンクアップしている。昼食に手間取るとか待たせられるなど一切なかった。全行程中、蝶採集に集中出来た。


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2016.1.27  

昼に飲むコーラを買うシャンテルさん。普段飲まないコーラが、昼食時には、格別にうまい。クーラーボックスに入れているので、冷えている。ここはアフリカか?


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2016.1.29

出発早々、マイクロバスのギアあたりから異音。早速、修理工場に持ちこんだ。修理は意外と手早く1時間ぐらいで終わった。その間、我々は、傍らの喫茶店で、ビールやジュースを飲んでいた。本日は移動の日。


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2016.1.29  大木を運んでいるトラック。

これとは別のトラックだが、左後ろの二つのタイヤが装着されてなかった。堂々、走っていたのには驚いた。いつ事故っても、おかしくない。

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2016.1.31

クリビの滞在したリゾートホテル。砂浜のそば。蝶採集とは、無縁の世界。

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2016.1.31   Kribi、Cameroun

昼間、蝶を採集したのち、夕食までの間、ホテルそばのビーチでノンビリ。人はほとんどいない。右は伊勢崎さん。彼はまさに鉄人で日中は、あちこち歩いて蝶採集。このあと沖に向かってガンガン泳いだ。私は海水に浸かっただけ。

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Neurypexina         2016.1.30   Kribi,Cameroun

テリトリーを張っていたシジミチョウ。

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2016.1.30    Kribi,Cameroun

トンボも居たので撮影。

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Polyommatinae      2016.1.30     Kribe,Cameroun

テリトリーを張っている。

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Eagris decastigma      2016.1.30     Kribe,Cameroun

シロシタセセリの仲間

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2016.1.31     Pseudacraea semire       Kribi,Cameroun

写真撮影したとたんに逃げられた。採集出来ず。アオホソチョウモドキ。

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Papilio cynorta cynorta     2016.1.30     Kribi,Cameroun


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Papilio zenobia     2016.1.28     Limbe,Cameroun

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Papilio nireus nireus    2016.2.1   Kribi,Cameroun

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Papilio chrapkowskoides nurettini       2016.1.30    Kribi,Cameroun

ルリアゲハの仲間はどれも完品。満足。

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Papilio dardanus dardanus    2016.1.27    Limbe,Cameroun      

このオスジロアゲハの飛んでる姿は、実に美しい。大型の、この白い蝶が現れると、目を奪われる。4頭採集したが、すべて完品。

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Cyrestis camillus cumillus     2016.1.27   Limbe,Cameroun

イシガケチョウの仲間。

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カメルーン バナナ売り、フタオチョウ

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2016.127    リンベ

バナナの売り子から、ザルごと買う。むかれた皮まで、トラップ用にもらう。皮まで、持っていくなんて、不思議に思ったに違いない。

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2016.1.27   蝶の多い山道。    リンベ

トラップを仕掛けると、面白いように蝶が集まる。トラップはバナナと酒を発酵させて造る。



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Cymothoe consanguis       2016.1.30      Kribi,Cameroun

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Charaxes eudoxus eudoxus      2016.1.28     Limbe,Cameroun

トラップに来たフタオチョウ。女性用ストッキングがなかったので、自分の履いていた靴下に、腐ったバナナを詰め込んでトラップを作った。

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Kallimoides rumia rumia    2016.2.1    Kribi,Cameruon

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Charaxes eudoxus eudoxus      2016.1.28    Limbe,Cameroun


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リンベに泊まったホテル。SEME NEW BEACH HOTEL

オーナーはフランス人女性。

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霞む空に日が沈む。夕暮れ間近か。2016.1.26   リンベ、カメルーン

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カメルーン、リンベ のオオトカゲ、ボカシタテハ、そしてビール

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2016.1.26      Limbe    Cameroun 

カメルーン,リンベでの採集終了後、総勢10人でビールで乾杯。現地昆虫専門家Mr.ジョンのおごり。ご馳走様でした。現地にあるビールを並べて撮影。中央が私。左がガイドのシャンテルさん。右は及川さん。

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2016.1.26     Limbe   Cameroun

カメルーンのスタジアム、オープンでごった返す人々。これにより道路は大渋滞。道路工事や露店など、混沌とした様子は、日本の戦後復興を彷彿させる。

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2016.1.27     Limbe    Cameroun

学校の子供達。
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2016.1.27      Acraea bonasia bnasia   Limbe  Cameroun

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2016.1.27         Oboronia pseudopunctatus       Limbe  Cameroun

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2016.1.27     Eurytela alinda         Limbe  Cameroun

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2016.1.27     LImbe   Cameroun  

ホテルの敷地に巣をつくっている鳥。

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2016.1.27     Limbe    Cameroun  

 4~50cm位のオオトカゲ、今回の採集旅行では、大型の動物には、出会わなかった。    

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2016.1.29         Kribi、Cameroun       軍隊アリの行進

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2016.1.27    Euphaedra eleus eleus         Limbe  Cameroun

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アフリカ カメルーンの蝶、バラクーダ




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2016.1.25    カメルーン リンベ市内

成田発エチオピア航空で、まずは香港を目指す。香港まではガラガラだったが、香港からアジスアベバまでは中国人で超満員になった。中国人の低力を感じた。ほとんどが仕事だろう。アジスアベバまでは16時間半。アジスアベバで乗り換えてカメルーンのドウアラまで、約6時間。途中、赤道ギニアのマラボを経由した。マラボは、ギニア湾に浮かぶビオコ島にあって、赤道ギニアの首都。石油によリ人口が膨れ上がった。この島には、3,008mのサンタイベル山がある。長時間で疲れていたせいか、一泊目の夜、ほとんどの人が、足がつったのは不思議だった。カメルーンのドウアラ空港にやっとのことで到着して、カメラを構えて、乗ってきた飛行機の写真を撮ったところ、呼び止められ、写真を撮ってはいけないとマジで注意されたのは、気分を害した。

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2016.1.26   リンベ  カメルーン山

朝もやに浮かぶ4,095mのカメルーン山。これから、このカメルーン山のふもとでの採集となる。

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2016.1.27     リンベ近郊の海岸、石油の掘削作業

カメルーンでは、公共施設、橋、など、写真撮影は厳禁。あるとき、走行している我々のマイクロバスに飛び乗ってきて、撮影など厳重注意された、怖い思い出がある。

カメルーン南部は、石油などが出て、割と豊かでテロもないが、ナイジェリア国境の北部は貧困地帯で、自爆テロが多発している。貧困が過激派組織のボコ・ハラムの温床になっているという。

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2016.1.27    SEME NEW BEACH HOTEL    Limbe,Cameroun

夕食の魚は、バラクーダ(鬼カマス)。最初に食べた感じはマグロかなと思ったが、仲間に聞くと白身魚とも。いずれにしても機内食に飽き飽きしていたので、うまいと感じ、バクバク食べた。。後日、帰国したのちインターネットで調べたら毒魚とあり驚いた。  そういえば、同室の上野さんが、突然、吐いたことがあった。私は特に、何事もなかったが、実は、朝、目覚めたと同時に、トイレに駆け込んだぐらいか。今思えば、夜、ほとんどの人が足つったのも、この毒のせいか?皆、2晩、連続で、知らずにバラクーダを食べたが。多分、ここのバラクーダの毒は、運よく、弱かったに違いない。

シガテラ毒

もともと魚がもっている毒ではないが、海藻に付着している渦鞭毛藻と呼ばれる植物プランクトンが作り出す。それを食べた魚等の体に蓄積されてくる。そのため食物連鎖の頂点にいるバラクーダなど大型魚を食べると中毒になるという。

厚生省では、バラクーダは毒魚として、食べてはいけない魚に指定されている。タイでこのバラクーダを食べた学生が入院している。

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2016.1.26   Limbe,Cameroun

第一日目の採集地、こんな木を見たのは、ここが最初で最後だった。乾燥が進んでおり、蝶もすくない。アフリカンタテハモドキ、カバマダラ、シロチョウなどいた。

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2016.1.26   Junonia hierta cebrene       Limbe,Cameroun

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2016.1.26   リンベ

道から外れてジャングルに入ると、カカオがなっていた。シロチョウやホソチョウがいた。


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2016.1.26            Mylothris yuilei bansoana           Limbe,Cameroun

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2016.1.26      Mylothris chloris chloris       Limbe,Cameroun

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2016.1.26    Appias sabina sabina      Limbe,Cameroun

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2016.1.27    Dixeia cebron      Limbe, Cameroun

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2016.1.27     Mylothris dimidiata    Limbe,Cameroun

 

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2016.1.26        Eurema floricola leonis         Limbe,Cameroun

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2016.1.26     Acraea bonasia bonasia        Limebe,Cameroun

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2016.1.26     Euchrysops malathana     Limbe

アフリカ カメルーンに来て、初めて撮った蝶は、尾錠突起が、最初からないウラナミシジミのようなシジミだった。

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2016.1.26   カバマダラ    LImbe

アフリカまで来て、カバマダラかよ!と思ったが、乾燥したなか、他の蝶もいないので、夢中でシャッターを押した。

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2016.1.26   リンベ

第1日目の昼食。現地スッタフの女性の手際良さが光る。最終日までの間、我々を一度も待たせることなく、また朝など必ず時間通り、アフリカンタイムなんて、全く関係なし。超デキの良い女性だった。

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2016.1.26    リンベ

村で食事を済ましたのち、騒ぎが持ち上がった。我々を案内している昆虫専門家と村人との口論だ。あまりにもすさまじかったので、我々はバスの中に避難した。それを見た村人は気持ちが和らいだのか、OKサインを出した。そんなわけで我々は裏山に採集に出かけることが出来た。前もって、ネゴされてなかったようだ。通常は入山料を払うのだが。

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2016.1.26    U.frrderikkae frederikkae       Limbe,Cameroun

かなリ小さめのシジミチョウ。

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ソロモン諸島、ガダルカナルの蝶と南海の巨人

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2015.1.11      ソロモン諸島、ガダルカナルのホニアラ空港

日本との時差は2時間.ニューギニアのポートモレスビー乗換。

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2015.1.11     カジノで両替

ホニアラ空港からホテルに行く途中、カジノで円からソロモンドルに両替。レートが一番よい。1ソロモンドルが約17円。

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2015.1.11    ガダルカナル、ホノアラの風景

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2015.1.11     ホニアラの市場

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2015.1.15   ソロモン諸島、ガダルカナル

ソロモン諸島は、パプアニューギニアから東に連なる南太平洋上の島々で、メラネシア文化圏である。このガダルカナル島には、巨人伝説があリ、世界有数のミステリースポットである。ソロモン諸島やオーストラリア先住民族は、金髪を持つ者が多い。2008年、シベリアのデニソワ洞窟で発見された人骨が、約25万~30万年前にネアンデルタール人と枝分かれした未知の霊長類の骨だと分かり、デニソワ人と命名された。この同じDNAの一部が、現在、中国南部の人々やメラネシアやオーストラリア先住民から発見されている。

ソロモン諸島の住民は古来から巨人におびえて暮らしてきたという。ガダルカナル島の巨人伝説では、有史以来、人間は巨人の餌という立場だった。巨人は現在もたまに目撃されるというが、数が少ない理由は、島の巨人は地下トンネル網で生活しているかららしい。タツベ山に最大規模の入り口があり、その地下には、巨大な地底都市が存在しているおリ、島中いたるところとつながっている。

ソロモン諸島の巨人たち(2~3m)は、知的で言語を操る能力もあり独自の文字も使用されている。人間との交配も可能とのこと。巨人が人間をさらうことは頻繁にあるようで、巨人との、ハーフが何度も生まれているという。現在も、巨人とのハーフやクォーターとされる人物が何人も生活しているそうだ。

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2015.1.15    ソロモン平和慰霊公苑

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2015.1.15  Vindula arsinoe sapor ♂   Guadalcanal 

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2015.1.13    Vindula arsinoe sapor ♀    Guadalcana

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2015.1.14  Graphium hicetaon  Guadalcanal

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2015.1.14    Graphum agamemnon     Guadalcanal



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2015.1.14  Graphium sarpedon isander   Guadalcanal



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2015.1.14   Graphium codrus gabriellae     Guadalcanal

 


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2015.1.14   Graphium agamemnon salomonis   Guadalcanal


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2015.1.14    Graphium hicetaonn   Guadalcanal

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2015.1.14     Papilio bridgei hecataeus  ♂     Guadalcanal



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2015.1.14    Papilio bridgei hecataeus       Guadalcanal



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2015.1.14   Papilio woodfordi ptolychus ♂       Guadalcanal



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2015.1.14    Papilio fuscus hasterti  ♂     Guadalcanal

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2015.1.14   Ornithoptera victoriae victoriae   ♂    Guadalcanal

採集許可及び輸出許可サイテス取得済。

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2015.1.14    Ornithoptera victoriae victoriae  ♂    Guadalcanal

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2015.1.14     Ornithoptera victoriae vicoriae  ♀   Guadalcanal

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2015.1.15    Ornithoptera priamus urvillianus  ♂   Guadalcanal

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2015.1.15    Ornithoptera priamus urvillianus   ♀    Guadalcanal

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2015.1.14  Parthenos sylvia     Guadalcanal



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2015.1.14    Parthenos sylvia   Guadalcanal

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2015.1.14   Yoma algina pavonia   Guadalcanal

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2015.1.14      Yoma algina pavonia         Guadalcanal

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2015.1.14    Cyrestis acilia solomonis    Guadalcanal

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2015.1.14     Parantica garamantis garamantis    Guadalcanal


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2015.1.15   Euploea boisduvalii    Guadalcanal

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2015.1.15    Euploea boisduvalii       Guadalcanal

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2015.1.14   Euploea tuliolus pyres       Guadalcanal

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2015.1.14     Euploea tulliolus pyres      Guadalcanal

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2015.1.14    Ldeopsis juventa sobrinoides   ♂ Guadalcanal

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2015.1.14   Mycalesis splendens guadalcanalensis       Guadalcanal

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2015.1.15  Cupha merichrysos tredecia   Guadalcanal

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2015.1.14       Papilio ulysses oesippus     Guadalcanal

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2015.1.14 Phalanta alcippe ephyra   Guadalcanal

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2015.1.15    Tagiades japetus hovia       Guadalcanal

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2015.1.14   Cepora perimale agnata  Guadalcanal

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2015.1.14       Cepora perimale agnata      Guadalcanal

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2015.1.14        Eurema hecabe nivaria          Guadalcanal

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2015.1.14    Libythea geoffroy orientalis     Guadalcanal

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2015.1.14    Phaedyma fissizonata fissizonata       Guadalcanal

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2015.1.14          Melanitis  leda  solomonis            Guadalcanal

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2015.1.14     Doleschallia tongana menexema       Guadalcanal

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カザフスタンの蝶 パルナシウス

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2015.7.6

7月6日、7日は3,000mの高地での採集。山には雪が残り、大絶景。ただ連日の採集で疲れがたまり、体調は最悪。あまり動かず、パルナシウスを狙う。

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まだ、雪が残り日陰では寒い。

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ガレ場でパルを狙う。

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雪の残る斜面には、高山植物が咲き乱れる。



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Parnassius delphius

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Parnassius delphius

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Parnassius actius

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2015.7.4  Parnassius tianshanicus

 

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上  Parnassius mnemosyne クロボシウスバ

中   採集当初、アポロウスバシロチョウの異常個体と言われたが、クロボシウスバのようにも思うのだが?アポロの異常個体であってほしい。

下  Parnassius 

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カザフスタンのタカネヒカゲ、ベニヒカゲ

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2015.7.7

 

パルやベニヒカゲ、タカネヒカゲ、ヤマキチョウなど見られる。連日の採集で疲れがたまり、3,000mでさえ胸がむかつき、帰りの車中では吐き続けてしまった。南米アンデスの4,000mでは大丈夫だったのに残念。

 

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高山植物が咲き乱れ、アサヒヒョウモン、パルも多い。

 

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Oeneis nanna dzhugdzhuri

 

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 Erebia turanica turanica

 

 

 

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Clossiana enphrosyne rusalka

 

ミヤマヒョウモン

 

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Melitaea solona pletevi

 

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Boloria sipora sipora

 

ムモンヒメヒョウモン

 

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2015.7.7

 

Polycaena tamerlana timur

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カザフスタンのヒメヒカゲとキアゲハ

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Coenonympha sunbecca sunbecca

このシラホシヒメヒカゲは1頭のみ採集。

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上 Chazara enervata Alpheraky

左下 Chazara briseis

右下 Chazara enervata

この類の蝶は数多し。

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Argynnis pandora pasargades

でかいヒョウモンは、ほとんど見なかったが、唯一採れたのがこれだ。

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Argynnis niobe gigantea

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Issoria lathonia lathonia

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Papilio machaon ladakensis

先方からこちら向かって飛んできたフライングオーバーケース、ジャストタイミングで捕えたもの。これまでもこのように捕えたものには、チトヌストリバネアゲハ、アドニスモルフォ、オオルリアゲハ、ビクトリアトリバネアゲハ。

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Hyponephele prehewalskyi

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Esperarge eversmanni eversmanni

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Neptis revularis

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Nymphalis urticae

ヨーロッパコヒオドシも、山道を占領していた。

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Nymphalis vaualbum

このエルタテハも河原近辺に多かった。

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カザフスタンの馬乳酒とラクダミルク

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カザフスタンの山道を歩いていると突然、馬の群れが上からおりてくるのには驚かされる。

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カザフスタンでは、パオなど他に見かけることはなかったが、これは唯一のもの。

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この周辺にはあこがれのクモツキが多い。だが馬と時々、出会うのがいやだった。何か怖い。

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現地案内人が、初日、昼、我々のために馬乳酒を用意してくれた。酸っぱさがあり、なかなかいける。2杯もおかわりしてしまった。うまい。

旅の最終日、今度はラクダミルクの一級品を振る舞っていただいた。夕食時でありビールを飲みながらのミルクは、さすがに水と油。きもい。ラクダミルクは超酸っぱく、のどが乾いていれば、美味いだろう。

ただ私は、ミルクにはへきへきしていた。というのはこの日の夕食が、日本食だったが、似ても似つかないもので、ミルクがゆの上に、刻んだウナギが乗っているシロモノだったからだ。そのうえ中国系の宿泊先では、珍しさもあり、連日、朝食にミルクがゆを食べていたからだ。

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2015.7.3   カザフスタン、 中国系のホテルの前。

右端が私。左2人は現地案内人。このホテルのエレベーターは、操作が複雑で、1人では乗りたくない。そのホテルの一室で金縛りにあった。実は金縛りは二度目で、一度目は、数十年前、徹夜明けで、アパートの部屋で寝ていた時、寝ていた私の上にかぶさる様に、足元から、上半身にかけ、ずんずん重しがかかった。泥棒かと思い、まんをじして、叫びながら飛び起きたことがあった。今回の金縛りは、夜中、突然金縛りにあった。目を開けてみたわけではないが、右横に黒い塊があるのが分かった。2人部屋で相方が寝ているのとはまるで違う。特に恐怖心はなかったが、心の中で、どうぞ天国に行ってください。南無阿弥陀仏と、念じた。すると黒い塊は、掻き消えるように消えてしまった。不思議だったのはこの後だった。黒い塊が消えた後、何かあったかいものが自分の体に入ってきたことだ。これは、何だったのか?

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Leptidea sinapis

ヒメシロチョウは弱々しく舞っていた。

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Aporia crataegi

ミヤマシロなどシロチョウの数多し。

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Gonepteryx rhamni

日本と違い、ヤマキチョウは数多い。

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Pontia daplidica

本日は雨模様だった為、北部の乾燥地帯、スッテプで採集。

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Chazara enervata

この蝶はカザフスタンでは一番多かった。

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カザフスタンのシロチョウ

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2015.7.3   カザフスタンヘ飛び立つ。

機内から見えるのは、黄河上流。ウズベキスタン航空でタシケント経由アルマティヘ。

この写真は行きの写真だが、ちょっと帰りの機内でのたわいもない出来事があった。友人から頼まれた18ドルのウオッカを買った。20ドルを出したが、お釣りはないと言う。すったもんだの末、2ドル分の飴を渡そうとした。見かねた仲間が10ドルを1ドルに両替。無事、買う事が出来た。

これも帰りのアルマティの空港での事。現地スタッフからスーツケースをビニールでぐるぐる巻きにするサービスがあるというので、10ドル出して、マユの様に巻いてもらった。ところが、成田空港では、怪しまれて、スーツケースを開けられた人が多かった。

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2015.7.3

眼下に見える天山山脈期待に胸膨らむ。目標はパルナシウス。

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2015.7.4.   これからお世話になる大型ベンツ

カザフスタンは資源国で豊か。車は大型車が多い。町もきれいで公園も整備されている。

ちょっと話がそれるが、便器の話をしたい。男性用の便器だが、アルマティの空港のそれは、人によっては背伸びしないと届かない。私は背伸びしないでギリギリセーフ。もちろん、小さな子供は使用出来ない。タシケントの空港は、それよりちょっと低い。

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2015.7.4

アポロウスバシロチョウの乱舞する山々。今回、残念なことに、愛用のカメラが、壊れてしまい、あまり撮影出来なかった。一日目は、ポイントまでの5キロの山道を4回、往復したので、かなり疲れたたのだが、収穫も多く気分はよかった。今回の採集には、当局の採集許可証を、もらって来ているが、滞在中、当局から採集品の提出依頼があった。学名を調べるのに、携帯してきたInsects of Kazakhstanが役に立った。

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2015.7.4   Anthocharis cardamines

これ以外にもクモツキは採れたが、かわいらしく、やはりあこがれの蝶だ。  

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2015.7.4    Aporia crataegi   

ミヤマシロチョウもかなり飛んでいた。

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2015.7.6   Pieris brassicae

大型なので見極めがつく。

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2015.7.4  Metaporia leucodica

アポロウスバシロチョウに目が行くが、この蝶も、せっせと採集した。

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2015.7.4  Pieris rapae rapae

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2015.7.4   Pieris dulcinea dulcinea

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2015.7.4    Leptidea sinapis

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2015.7.4   Pontia daplidice  その仲間

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2015.7.7  Colias erate erate

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2015.7.5   Colias poliographus poliographus

 

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オナシモンキアゲハとオナシクロアゲハ

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2014.6.8     オナシモンキアゲハ   黄肉抗

黄肉抗では、アゲハチョウ類が乱舞しており、オナシモンキアゲハを狙い撃ちした。モンキアゲハやタイワンモンキアゲハは一部を除きリリース。

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2014.6.8    タイワンモンキアゲハ   黄肉抗

渓流沿いの水溜りにアゲハ類が群がっている。壮大な景観だ。

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2014.6.8     オナシクロアゲハ   黄肉抗

日本のクロアゲハと違って尾錠突起がないのがいい。

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2014.6.8    タイワンタイマイとミカドアゲハ    黄肉抗

やっとみつけたタイワンタイマイを慎重にネットインした。ミカドアゲハは時々吸水にくる。

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2014.6.8    ツマベニチョウ    黄肉抗

ツマベニチョウもガンガン飛んでいた。以前、オーストラリアの研究チームがツマベニチョウの羽や、幼虫の体液の成分を分析した結果、イモガイという猛毒を持つ貝毒と同じ成分を発見した。この毒は、生物の毒としては最強レベルの神経毒。美しい.蝶には毒がある。

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2014.6.8    ルリモンアゲハ   黄肉抗

後翅の青紋に目を引くルリモンアゲハ、白紋に見とれるモンキアゲハ。どちらも飛んでる姿に我を忘れる。

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2010.9.17   オナシアゲハ    黄肉抗

海外に行くと時々見かける。

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2010.9.17    シロタテハ     奥萬大

コムラサキ亜科。

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2007.9.17      キゴマダラの雌     奥萬大

雌は青藍色に輝く。奥萬大では写真撮影はバッチリ撮れたが、もたついている間に取り逃がした。このキゴマダは購入品。

 

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台湾、高嶺での夜間採集

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2014.6.9           夜間採集     高嶺

夕食後、1時間30分かけ茶畑の上にある高嶺1,500mで夜間採集を行った。途中は運転ミスが許されない真っ暗な山道。車ごと転落しそうな細い道だった。

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2014.6.9    夜間採集      高瀬

小さめの蛾が多い。.

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2014.6.9   夜間採集    高瀬

羽アリが多数集まった。それを目当てにカエルが来た。

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2014.6.9    夜間採集    高瀬

羽アリを食べにカエルが10匹位あちらこちらから集まり、注意しないと踏んでしまいそうだ。羽アリは羽を落とし、いずこかえ消え去った。

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2014.6.9    夜間採集    高瀬

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2014.6.9     夜間採集    高瀬

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2014.6.9    夜間採集   高瀬

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2014.6.9    夜間採集    高瀬

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2014.6.9    夜間採集    高瀬

セミも5匹集まった。

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2014.6.10     奥萬大      昼蛾

センダングサで吸蜜する昼蛾    

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2014.6.10     捕里      

朝、地面に落ちていた蛾

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台湾、奥萬大に再チャレンジ、タコサゴイチモンジ

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2014.6.10    最終日、再度、奥萬大を訪れる

台湾中部に位置する奥萬大は、自然豊かな蝶の宝庫といえる所だ。

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2014.6.10    タカサゴイチモンジ     奥萬大

いずれも空中戦でとらえたが、大きさといい姿、形といい、まるでオオイチモンジのようだ。

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2014.6.10   コノハチョウとヒメフタオチョウ   奥萬大

ヒメフタオチョウはパイナップルトラップにやってきたのを間髪を入れずネットを振って、捕えたもの。

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2014.6.10    キゴマダラ     奥萬大

パイナップルトラップにやってきたキゴマダラ。撮影中逃げられた。

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2014.6.10    シロタテハ     奥萬大

ボロボロのシロタテハ。

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2014.6.10     クロタテハモドキ     奥萬大

この日はタテハチョウが多かった。


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2014.6.10    アオタテハモドキ    奥萬大

八重山諸島でも、年中見られるという。

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2014.6.10    タイワンコムラサキ      奥萬大

日本のコムラサキ同様、素早く飛ぶ。

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2014.6.10    ツマグロキチョウ   奥萬大

開けた草地では、台湾では少ないといわれるツマグロキチョウもいた。

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2014.6.10     ワモンチョウ     奥萬大

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2016.6.10      ナナフシ      奥萬大

枯葉に擬態しているナナフシ。

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台湾、松岡のオオベニモンアゲハ

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2014.6.9    標高2、200m地点   松岡

7時半、ホテルを出発。約1時間半弱で松岡に到着。本日はポッポアゲハ、オオベニモンアゲハ、カザリシロチョウをねらう。

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2014.6.9   オオベニモンアゲハ     松岡

エゴノキに翅を広げたオオベニモンアゲハの写真を撮ろうと、焦ってもたついている間に写真を撮ることも採集することもできず逃げられてしまった。その後、写真より採集を優先ししてしまった。ベニモンアゲハよリ格段に大きく見栄えのするいい蝶だ。

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2014.6.9   ホッポアゲハ    松岡

ポッポアゲハはテングアゲハと同様、高い木のてっぺんあたりに縄張りを張り、近くを飛んでくるものすべてを威嚇してくる。鳥や蝶を追い回しているので4mの長竿のネットを振るが、なかなか届かない。たまたま下に降りて来たので採集できた。

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2014.6.9   ゴマダラ(カザリ)シロチョウ    松岡

かなり大型のカザリシロチョウで、飛んでいる時は、やけに黄色が目立つ。

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2014.6.9   ワイルマン(カザリ)シロチョウ    松岡

松岡にはゴマダラシロチョウ、ワイルマンシロチョウの2種のカザリシロチョウがいる。

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2014.6.9    ワイルマンシロチョウ    松岡

それにしてもでかいカザリシロチョウだ。

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2014.6.9    マルバネルリマダラ      松岡

台湾に来てまでもマダラを採りたいとはなかなか思わない。

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2014.6.9      タイワンコヤマキ    松岡

タイワンコヤマキとタイワンヤマキの2種がいる。

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2014.6.9    ヒオドシチョウ    松岡

台湾に来てまでもヒオドシチョウに出会うとは不思議だ。

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2014.6.9     シータテハ     松岡

シータテハにも出会い、台湾に居ることを忘れてしまう。

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2014.6.9    マダラシロチョウ     本部渓

松岡を後にし、途中の本部渓に立ち寄った。






   

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台湾、黄肉抗(渓)のオオルリモンアゲハ

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2014.6.8     オオルリモンアゲハ      黄肉抗

本日2日目も6時朝食、7時半出発。ホテルから約1時間のところにある標高450mの川沿いで採集。強烈な太陽の日差しの中での採集は厳しいものがある。無理すると熱中症になりそうだ。瑠璃色の紋を横切る翅脈が、黒くくっきりしているのがルリモンアゲハ。オオルリモンアゲハにはない。

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2014.6.8     イシガケチョウ    黄肉抗

川原のそばの、木陰のある広い野原で昼食となった。5m四方の大きな穴がある反対サイドから、私に向かって大声で何か叫んでいるので、何だろうかと思い大きな穴に近づいた瞬間、大きな穴から、ものすごい羽音と共に煙に似た黒雲が立ち上った。ハチの集団で私の足音で敵だと思ったのだろう。空が暗くなるほどだった。私は別に悪さをしたわけでもないので、慌てずに徐々に後ずさりして難を逃れることができた。ここではないが、東南アジアのある島では、M氏がハチに500箇所刺されて意識不明の重症で4日間入院した後、助かった話がある。

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2014.6.8     オナシクロアゲハ   黄肉抗

ここのクロアゲハは尾状突起がない。

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2014.6.8    ナガサキアゲハ   黄肉抗

ここのナガサキアゲハは後翅に青い鱗粉が広く発達し、ナガサキアゲハでない印象をうける。特に吸水に集まってるモンキアゲハ、ルリモンアゲハ、ワタナベアゲハ、クロアゲハに本種が飛んでくると異様な輝きがあり品格さえ感じる。運転手などはアケボノアゲハじゃないかなどと本気で思っていた。

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2014.6.8    タイワンカラスアゲハ    黄肉抗

ここ黄肉抗はアゲハチョウの類が驚く程多い。

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2014.6.8    タイワンモンキアゲハ    黄肉抗

モンキアゲハ、タイワンモンキアゲハに混じり、オナシモンキアゲハも多い。

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2014.6.8   ルリモンアゲハ    黄肉抗

ルリモンが隠れているのが残念。

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2014.6.8   ミカドアゲハ    黄肉抗

ミカドアゲハのなかにタイワンタイマイも吸水に来る。

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2014.6.8   ワタナベアゲハなどの吸水    黄肉抗

多いときで、50頭位のアゲハが集まった。壮観であった。

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2014.6.8   タイワンイチモンジ    黄肉抗

タイワンイチモンジも路上で吸水したりするケースが多い。小型だがいい蝶だ。

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2014.6.8      タイワンミスジ    黄肉抗

コミスジより2回り位、大きい。

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台湾、奥萬大のメスシロキチョウ


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2014.6.7    台湾、夜明けの埔里の町並み

朝の埔里の町並み。昨日、台湾桃園国際空港から、高速道路3号、6号を.通リ、約3時間で台湾のへそといわれる中心部、埔里に到着。高速道路は6~8車線あり快適、日本車がほとんどだが右側通行の左ハンドル。埔里は山に囲まれた盆地にある。夕方から猛烈なスコールの中、R氏の経営するレストランで、台湾ビールで前祝いを行った。

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2014.6.7    台湾、埔里の朝

泊まったホテルの朝食のバイキングにはトマトとバナナがでないので、この朝市で調達。トマトは新鮮だが味は今一。バナナは甘く美味しかった。近くにはコンビニ、セブンイレブンがあるので、毎日ポカリスエットを購入した。ここ埔里を拠点に、毎日、車で山に入るのだ。

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2014.6.7     奥萬大

朝、6時朝食。7時半、出発。本日は埔里から約2時間かかった標高1、200m地点の奥萬大で採集。天気は良好、メスシロキチョウ、ウスムラサキシロチョウ、マダラシロチョウが飛び交い、ウラフチベニシジミがチラチラ飛んでいる。アゲハも多く、ワタナベアゲハ、タイワンモンキアゲハ、タイワンカラスアゲハ、オナシクロアゲハが蝶道に沿って飛ぶ。またタテハも多く、タカサゴイチモンジ、キゴマダラ、クロタテハモドキなど数多い。

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2014.6.7    メスシロキチョウ     奥萬大

付近はセンダン草が咲きみだれシロチョウ類が数多い。このメスシロキチョウは見栄えのするよいチョウだ。よく工芸品に用いられた。昔の 白水氏の図鑑によると、まだ食草など、はっきりわかってないとあるが?。 

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2014.6.7     メスシロキチョウ   奥萬大

このメスシロキチョウの黄色がかった色と前者の橙の色が違うのは、撮影時の光の加減なのか不明。撮影時や採集時にはこの相違は全くわからなかった。ただメスはこの部分が白色である。

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2014.6.7    メスシロキチョウ

ツマベニチョウも好きだがこのメスシロキチョウも美しい。

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2014.6.7  ウスムラサキシロチョウ   奥萬大

かなりの数の蝶が飛び交っているのだが、撮影はなかなか容易でない。納得できる写真は、ほとんどないに等しい。

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2014.6.7    キミスジ     奥萬大

このキミスジもシロチョウと同じく、どこでも出会えた。

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2014.6.7    タイワンウラナミジャノメ     奥萬大

この他、シロオビクロヒカゲなど見られた。

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2014.6.7    ウラフチベニシジミ    奥萬大

ところどころで見られる。尾状突起が、可愛らしい。裏面の赤い縁取りが良い。

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2014.6.7    ウラフチベニシジミ    奥萬大

一見ゼフィルスのようにみえるが、ベニシジミ亜科に分類されている。

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2014.6.7     マダラシロチョウ    奥萬大

力強く飛び、かなり大きな蝶で見栄えがする。

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2014.6.7     ワタナベアゲハ     奥萬大

蝶道に沿って、モンキアゲハ、ルリモンアゲハに混じり、ワタナベアゲハも多い。

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2014.6.7     クビワチョウの幼虫     奥萬大

現地案内人が採取したクビワチョウだという幼虫。

海外に来て、昼食の弁当には全くいい思い出がない。ベトナムや西イリアンの弁当は全く食えなかった。ここ台湾は、まだマシだろうと、蓋を開けて驚いた。わらじのような豚の脂身が、飯の上にずしりと乗っている。99%が皮と脂身で赤みの肉は子指ほどだ。これにはまいった。ご飯と炒めた野菜少々ですませた。

3時すぎに現地を後にし、埔里のホテルに戻った。シャワーを浴びた後、R氏のレストランで、台湾ビールで乾杯、夕食となった。

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私の宝物1962年東京中野区のツマグロキチョウと1962年、1964年の小倉のギフチョウ

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1962.4.12    ツマグロキチョウ4頭   東京都中野区上ノ原5番地近辺

1956、7年の頃、夏休みの宿題として自己流で展翅した蝶の標本を提出した。もちろん、志賀昆虫店など
知るはずもなく、親にデパートで買ってもらった台形をひっくり返したような展翅板で、アゲハからシジミまで
1本の展翅板で事足りるしろものだった。小学校5年のとき、同じクラスの仲の良い女の子の兄さんが蝶を
やっているので見に来なさいというので、お宅におじゃました。そこで出会ったのが、当時、京浜昆虫同好会
に所属していた慶応大の小林敏興さんだった。標本タンスから出される蝶に目をみはったものだ。驚いた
としか言い様がなかった。又、小林さんには、オオムラサキ、アカタテハ、ヒメキマダラヒカゲの幼虫など
もらって育てたりしたものだ。また一緒にゼフを探しに行ったこともあった。

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小林さんからいつも言われていたことがあった。近所でも採れるものは採っときなさいと。小学生では遠くには行けない。せめて家族同伴の高尾山・日陰沢でウスバシロチョウを採ったり、親の会社の箱根・強羅の保養所でクサギにくるモンキアゲハにみとれたりした。軽井沢の保養所近くの浅間牧場ではコヒョウモンモドキも採れた。そんなわけで、住んでいる近辺で採れるものは全て採ったものだ。たまたま、このツマグロキチョウが東京都区内で絶滅してしまった。当時、住んでいた三井鉱山社宅のそばに防空壕があり、付近を森に囲まれていた。ものすごく虫がおり、クロアゲハやカラスアゲハ、アオスジアゲハなど乱舞していた。夏には秋の虫たちがうるさいほど鳴いた。このツマグロキチョウは当時”上原ゲントのレッスン場に近くにあった広大な庭を持つ一戸建ての、荒れ放題の草ぼうぼうの中で採集したものだ。小学校低学年の時から毎年セミを採らせてもらっていて、いつも愛想の良い若い奥さんが子供を抱いていて、”どうぞいいですよ”といってくれていたし、お菓子ももらったこともあった。残念ながら、小林さんとは中学2年を境に、お会いしていない。というのは私が転居したため、それきり疎遠になってしまい。そして、挙句の果て高校2年の夏を境に、蝶の採集から遠ざかってしまった。小林さんは石垣島や西表島に、はじめて調査・採集に入った人で、その報告が当時の三越デパートで披露された。私と弟で、見学しに行ったものだ。中学生のときだったと思う。又、小林さんから京浜昆虫同好会出版の黄色い採集案内書やそれ以前に出された採集案内書も頂いたものだ。その案内書には十勝岳でアカボシウスバが数頭採れた話も載っていたりした。このツマグロキチョウの当時の展翅は雑で、ピン止めしたチョウ位置が、まちまちで横からみると4頭がバラバラである。ひどいのは下から3/1ぐらいのもある。長年たっているので触覚がこわれているものもある。またこのツマグロキチョウは4月に採集されたもので越冬個体と思われる。触覚もこわれ当時のまま。もう一つ小林さんから教わったものがあった。5万分の一の地図の見方だった。当時はどこか行く時は、必ず書店で5万分の一の地図を購入して見ていたものだ。

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1961年ごろ、三越で展示された西表島、石垣島など南西諸島での昆虫展示会。

右下に写っているのが私と弟。撮影したのは小林敏興さん。

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1958年8月   三井鉱山箱根寮にて  姉と弟と私

ここではじめてモンキアゲハに出会う。

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1959年2月   東京都中野区上ノ原5番地、三井鉱山社宅そばの防空壕にて

この一帯は我々の遊び場だった。付近を森と言って野生のウズラなどもいた。ツマグロキチョウをとったのはここからあるいて5分もかからないところだった。

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1959年2月   東京都中野区上ノ原5番地、防空壕そばのクスノキ

このクスノキの下枝にはアオスジアゲハの幼虫がたくさんいて、標本はすべて幼虫から、育てたものに順次とりかえたものだ。

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1960年8月    軽井沢浅間牧場にて

ここも親の会社の保養所近辺で、弟と共にコヒョウモンモドキなど採集した。   

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1962.4..5    ギフチョウ    神奈川県津久井郡小倉

初めて採ったギフチョウ。手が震えた記憶がある。何も手を加えていない、当時そのままの状態。触覚が無くなっている。又、当時、小倉山の近くの城山にもギフチョウがいた。この情報も小林さんから得たものだ。

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1964.4.5     ギフチョウ    神奈川県津久井郡小倉

1962年、初めて採った2年後、1964年、東京オリンピックの年には、この5頭の他、数頭採集した。横浜線の橋本駅からバスで行ったが、途中、かなり開発の波が押し寄せていた記憶がある。

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新緑に舞う蝶たち

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2014.5.26    アカシジミ     狭山緑地

今年もまたゼフの季節がやってきた。5月19日にはアカシジミをみたので、本日は写真を必ず撮るつもりで出かけた。

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2014.5.26    ウラナミアカシジミ     狭山緑地

アカシジミとウラナミアカシジミ以外のゼフには出会わなかった。30分後に再度、訪れたときには.発見.できず。高く舞い上がってしまったのだろう。

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2014.6.1    アサマシジミ     山梨県御坂

今年は数が少ないが、すでにメスもいた。

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2014.6.1     アサマシジミ     山梨県御坂

朝が早いのでアサマシジミはまだ飛ばない。草をたたいて追い出した。

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2014.6.1    アサマシジミ    山梨県御坂

太陽があたると、翅をひろげる。

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2014.6.1    ウスバシロチョウ    山梨県御坂

ウスバシロチョウは沢山飛んでいるが、静止しないので撮影のため捕らえたがその後リリース。本日のすべての蝶は、写真のみ。

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2014.6.1    ツマキチョウ    山梨県御坂

6月にもなるのに、まだツマキチョウのメスにも出会った。

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2014.6.1    イチモンジチョウ      山梨県御坂

伊坂のあと、クロツバメシジミを探しに行ったが発見できず。

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2014.6.1     アカボシゴマダラ      山梨県御坂

シャッターチャンスほこの1枚だけだった。山梨のこんな山の中までアカボシゴマダラが進出しているとは驚きだ。

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2014.6.1     ウラゴマダラシジミ     多摩川

山梨御坂の帰りに立ち寄った多摩川。30度以上と、めちゃくちゃ暑かったが、ウラゴマダラシジミは元気に飛び回っていた。その中で唯一、葉に止まってくれた。もう擦り切れた個体が多い。

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ヒオドシチョウの蛹とミヤマカラスアゲハ

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2014.5.17     ヒオドシチョウの蛹   狭山丘陵赤坂

武蔵村山在住の金谷さんがヒオドシチョウの蛹を見つけ撮影していたので、私も便乗したもの。

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2014.5.17     ヒオドシチョウの蛹     狭山丘陵赤坂

今年はヒオドシチョウは多い。どこへ行ってもヒオドシチョウの幼虫や蛹の話ばかり。幼虫も撮影したがピントがずれて失敗。

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2014.5.18    ミヤマカラスアゲハ    奥多摩日原

やっぱり春型のミヤマカラスのほうが夏型よりきれいだ。

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2014.5.18    ミヤマカラスアゲハ     奥多摩日原

日原は道中、道がせまくて谷も深く、運転には注意が必要。

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2014.5.18     スギタニルリシジミ     奥多摩日原

5月中旬にもかかわらず、生き残りのスギタニルリシジミが吸水に来ていた。

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2014.5.18     サカハチチョウ      奥多摩日原

よく見かけるのはトラフシジミとサカハチチョウだ。このサカハチの胴体が緑の毛に覆われていた。

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2014.5.18   オナガアゲハ    奥多摩日原

このオナガアゲハやカラスアゲハも見られたが、ミヤマカラスのメスには出会わなかった。

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2014.5.19   カラムシにいたアカタテハの幼虫   武蔵大和空堀川

毎年、成虫にはほとんど出会わないが、幼虫や蛹はよく見つかる。

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2014.5.19      クロヒカゲ     狭山緑地

本日は、今年はじめてのアカシジミを見かけた。

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ナンベイオオヤガとエドワードサン

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2012.11.15   ナンベイオオヤガ Thysania agrippina   Peru  Satipo

ナンベイオオヤガの翅の開張は通常20~25cmだが、ときには30cmに達する。世界最大といわれるトリバネチョウのアレキサンドラアゲハ、アジア最大の蛾ヨナクニサンでさえ、翅の開張では、このナンベイオオヤガに劣る。翅の面積では負ける。

このナンベイオオヤガは長距離飛行をするらしい。アマゾン流域からメキシコ北部からアメリカ合衆国まで渡った例があるとのこと。

ナンベイオオヤガの翅の脈相について、翅の基部から中室端までの距離がきわめて短く、翅の前縁部の全長のわずか1/3にすぎない。ところが、ヤママユガ科ではその距離が長く、1/2を占める。この点がナンベイオオヤガの強力な飛行力とやはり大型だがヤママユガの飛行力との差は、両者の脈相上の相違をみることによって、納得できる。

成虫は口器が発達しており、花や樹液を吸うという。

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2010.5.5    エドワードサン Archaeattacus edwardsii     ベトナム、フィオック山

アジア最大の蛾。ベトナム、フィオック山の夜間採集で採集した2頭のうちの1頭。ネットに入ったときは、鳥でも捕まえたかと思ったぐらい手応え抜群だった。

成虫は口器を持たない。羽化後は一切食事がとれないため寿命は短いという。

ヘビの頭のような模様が発達し、これで相手を威嚇するという。

The snake-headed silk-worm motiis. The wing tip appearance looks like the head of snake with a pair of warning eyes. This moth and the atlas moth are the two laegest moths of the world with wingspan of the female reaches 215-225mm or more.The range is from India,China,Myanmar,Thailand,W. Malaysia.The caterpillar fees on leaves of plants?Family Oleaceae,induding Ligastrum robustrum and L-confusun.

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